三十六話『まさか秘密の部屋への入り口だったりして』
「おそーい!」
そう言ったのは屋敷の廊下で積みに積み重ねられた本を腹で抱えるメイド長だった。
琥珀はその薄汚い本を見て、この屋敷に本と言うものがあったのか、と素直に感心する。
「あー、すみません。ちょっと昔話に花が咲いてしまいまして。代わりましょうか?」
メイド長の抱える本を琥珀は強引に奪い取る。そして落ちてくる埃から顔をそらして続けた。
「それで……これはどこに運べば良いんですか?」
「ひとまずそれは地下に置いておこうと思っているの。書庫も酷い有り様だったから」
そう言われて琥珀は脳内で地下への順路を思い出していく。
地下と言われれば、時雨を閉じ込めていた地下牢の他に、物置に使っていた部屋があったはず。と本の置場所を早々に決めた所で、調子良く返事をする。
「かしこまりー」
「あ、それと!」
進み出す琥珀を、メイド長が肩を掴んで制止させる。
首傾げて足を止める琥珀に、メイド長は不安そうな顔をして続けた。
「主……本当に大丈夫なの? すごく心配なのだけど 」
その表情からは表面上の心配では無く、心の底からそう思っているのが分かる。
なんだ? 惚れてるのか? と冷やかすのは心の中で済ませておいて、琥珀は笑顔で言った。
「心配するな、と主は自信満々に言ってましたよ。故に安心して片付けておくように、と念を押すように続けてました。だから私達は私達で出来る事をしましょう?」
そう言って、琥珀は自分が悪い人間だな、と自覚する。
見送ったハイドラの表情に自信なんてものは無く、今にも泣いてしまいそうな程だった。
それを意図も簡単にねじ曲げて伝えるのだから、酷い人間だとも思う。
しかしここでメイド長の不安を煽って作業効率が落ちるのも避けたいし、なによりもハイドラの顔を立てる事にも一役買っている。
時には嘘も必要なのだ。と自分を正当化した所で、メイド長が先程までとは打って変わって笑顔で答えた。
「そ、そうだよね! 私達が落ち込んだってしょうがないよね!うん、がんばろっ」
単純な人間は気楽そうで良いねー。と今日はやけに毒を吐いてしまいそうになるのは、きっとあの男のせいだと責任転嫁する。
なんにせよ今は、この重たい本をさっさと置いてしまいたいかった。
「ですよっ。頑張りましょ! では私はこれで」
一応、テンションも合わせておいたしこれで大丈夫だろう。琥珀は一人で納得し、足早にこの場を去っていった。
よっこらしょ。と重ねられた本を適当な棚に置いて声をあげたのは琥珀だった。
少し肌寒い無機質な地下で、人に聞かれては少し恥ずかしいその台詞が響き渡る。
あの男性と再開して、ハイドラとの出会いを思い出してはそれが脳裏から離れなかった。
スラム街から離れる機会になった出会い。まさか自分がこんな立派な屋敷で召し使いをするなどと夢にも思わなかった。
やはりハイドラは変人なのだと改めて認識する。
「はぁ……あぁもう。あんなの切りが無い。やってられないですよ」
そのまま連想させるように無惨な屋敷を思い出して愚痴をそう漏らした時だった。不意に機械仕掛けの扉が開かれたかのようなウィーンと言う音が響き渡る。
今日日、その辺の自動ドアですら聞かないその音に琥珀は戸惑いが隠せなかった。と、同時に小説や漫画などの世界にしか存在しないと思っていたその音が一体何から鳴ったのか、実に興味深かった。
「まさか秘密の部屋への入り口だったりして」
と、ありもしない希望を膨らまして奥へと進んでいく。
一本の長い廊下から枝分かれするように、部屋がいくつものあるのがこの地下の構想だった。
廊下もただの廊下では無く、スロープのように地下深くへ続いており、単純な広さで言えば地上の屋敷よりも遥かに広い。しかしそのほとんどが使われていない空き部屋であり、牢屋もその一つに過ぎなかった。
「こんな奥まで入るの初めてかも」
音が鳴ったのは、その響き方からかなり奥だと推測出来る。
廊下も直進せず、緩やかに曲がり始めた。
閉所恐怖症の人には辛い場所だろうな。と少しズレた感想を考えてながらも、奥へ奥へとその歩みを進めていく。
コツンコツンと響き渡る乾いた靴音が不気味だった。
「これ……だよね」
最深部。廊下の突き当たりに扉があった。しかしそこに強烈な違和感がある。
「二重扉……?」
手前の扉は既にスライドするように開かれていた。
恐らく機械音を鳴らしたのはこの扉だろう。僅かな隙間から見える扉は確かに機械仕掛けだった。
図らずも予想が当たったと言う事になる。
それにしてもどうして急に扉が開いたのか、次はそこが疑問だった。
「開けても大丈夫かな……?」
すぐ奥の扉にはドアノブが付いていた。
そこへ手を伸ばして考える。が、悩んでいる時間は無かった。ただでさえ長い廊下を下って来て時間を食ったと言うのに、これ以上メイド長を待たせる訳にはいかない。怒られる。
故に琥珀の判断は早かった。
「えーい!」
勢い良くドアノブを引っ張る。
これは正当な判断だ。何故なら、いつかのように不審者が忍び込んでいる可能性が考えられるからだ。別に何も悪い事はない。と自分を正当化した所で、肝心の扉はうんともすんとも言わなかった。
「鍵が……掛かってる……ちぇ」
別に期待していた訳でも無いが少し残念に思う琥珀。
結局、時間を無駄にしただけ。
急いでメイド長の元に戻らなければ……と、これからの業務を考えてやる気を失ってしまう前に、颯爽と廊下を駆け出した。




