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三十五話『あっさりと裏切って見せるけど?』

「やーやー琥珀ちゃん。久し振り、元気してた?」

 ハイドラの屋敷を回るようにして半周、その裏側。そこにメイド長の言ったように、白い髪の黒い服を来た細身の男性が岩に腰掛けていた。

 屋敷の裏からは森に続いており、当然手入れもされていない森は酷く荒れている。今も続く雨が余計にそう思わせるのだろう。

 男性は雨だと言うのに傘を指すことも無く、生え伸びた草木より高い岩の上から手を降っている。

 唯一、メイド長の言った特徴と違うのは衣服と合わせるように、これまた黒いハットを被っている事だった。

 琥珀はその男性を見上げて返事をした。

「元気じゃない。今も力を制限されて、体の自由が利きにくいんだから」

 そして顔にぽつぽつと当たって飛沫(しぶき)を撒き散らす(わずら)わしい雨を片手で防ぎながら続けた。

「傘も指さないで……風邪引くよ?」

 男性は笑って返事をする。

「はははそれは琥珀ちゃん。君も同じだろう?」

 そして飛び降りるように、琥珀の前へ着地する。

 この人は変わらないな。と思っていたが、近距離で見て感じた事がある。老けたな、と。

 思わず顔をじっと眺めてしまう琥珀に、男性は言った。

「どうした? 俺の顔に何か付いてるか?」

「え……? あーいや、そうじゃないけど……」

 昔は無かった無精髭(ぶしょうひげ)が気になるが、この人の顔が綺麗な事、それ自体には変わりは無かった。

 純粋にこの人も三十才前後かー。と時間の流れを実感する。

「なんだ? 変な奴だなぁ。あ……! そうかー、久し振りに会えて嬉しかったのか?」

 男性は不意に琥珀の顎の先を掴んで言った。

「そんな訳……無いでしょ!」

 琥珀もその手を叩いて返す。

 男性は背を向けてまた笑うと、すぐに振り向いては、何かを求めるように手を伸ばして尋ねる。

「そうだ……! そうそう。例のあれ……あるんだろう?」

「う……うん」

 男性は歯を見せて笑うと、急に言葉を詰まらせる琥珀を両手で指差す。

「さっすがー。いやぁ琥珀ちゃんには期待していたんだよ」

 おどけるように腰を引いて意気揚々とする男性に、琥珀は小瓶を取り出すとそのまま手渡す。

 男性はその小瓶を鼻の先で凝視しながら言った。

「へぇ……。大物の魂だねぇ。随分と器の大きな人間を捕まえたようだけど……。良いの? 後先考えてる?」

「……シャルルループ。だからまもなく私たちはこの街の保安機関に追われる事になると思う」

「あぁ。それでかぁ」

 男性はふらふらと生い茂る草木の中へ消えて行く。

 怪訝に思う琥珀がその後を追いかけた先で見たものは……いくつもの死体だった。

 周囲の植物を真っ赤に染めて、隠れるように佇む死体は、まだ新鮮なのがうかがえる。

「これは……」

「なんなんだろうねえ。この辺を彷徨(うろつ)いて目障りだったからつい殺しちゃった。シャルルループ家からの追っ手かも知れないなぁ?」

 琥珀はそこで不意を突くように、男性の手の中から小瓶を奪い取る。

 これが必要だと思ったからだ。

 男性は両手を広げて茶化すように尋ねる。

「おやおや、どうしたの? 今更、それをどうするつもり?」

 胸の前で隠すように小瓶を持って、琥珀は答えた。

「……シャルルループに交渉して、引き下がって貰う」

 それこそが琥珀が思う浮かべていたもう一つの打開策だった。

 この街の有権者に媚びなくとも、魂となったシャルルループ本人と直接交渉する。それで丸く収まると考えていた。

 しかし男性はそれを簡単に否定する。

「……。本当にそう上手くいくものかな? 俺がシャルルループの立場なら……琥珀ちゃんの条件を飲んだ振りをして、あっさりと裏切って見せるけど?」

 男性はそこでふらふらと琥珀に歩み寄ると、鼻の先の距離まで顔を近づけて続けた。

「それにしても、随分と丸くなったんだねぇ。昔の琥珀ちゃんはもっと、鋭かった。勿論(もちろん)いい意味でね? ハイドラに何かされたの?」

「べ、別に何も……」

 男性は琥珀がうろたえている隙に小瓶を取り返すと、琥珀の額を人差し指でつついて言った。

「琥珀ちゃんなら俺が守ってあげる。だから何の心配もせずに、魂の搾取(さくしゅ)に勤しんでね」

 男性はそう言って新しい瓶を琥珀に握らせる。

 そうして背を向けてこの場を去りながら続けた。

「あ、そんな重い感じじゃなくて良いから。今回みたいに気が向いた時にでも頼むよ」

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