二十九話『わお!! ガーターベルトとは、ミスターハイドラも良いセンスをしているね!』
「ミスターハイドラ! 人の養子に手を出すのはちょっとおいたが過ぎるんじゃないかい?」
静かな森に風が吹く。
その中でそう言ったシャルルループを鋭い目付きで睨むハイドラは、低い声で返した。
「お前は……俺の全てに手を出した。許さんぞ……!」
「ほう。どう許さないと言うのだね?」
「決まっているだろう。死ぬまで痛め付けてやる! ……わざわざこんな所まで出てきてくれやがって……! 好都合だ! やれ! 琥珀!」
いきなりの振りに琥珀は驚愕する。
そしてなんて格好の付かない言動だ。とそんな情けない姿のハイドラが一周回ってもはや可愛く見えてくる琥珀。
「また私ですか……?」
「当たり前だ! お前以外に誰が居るんだ!」
「うーん……ですが」
躊躇う琥珀。
ハイドラにはそれが、シャルルループを庇っているように見えた。
何故、主人である自分を不幸に陥れた張本人と戦う事を躊躇うのに、その養子であるテアの女の命と言っても過言で無い髪を燃やすと言う残酷な行為にはあっさり出られたのか。疑問にこそ思うが、琥珀の真意は分からなかった。
「何を躊躇っている?」
今も琥珀が顔を歪ませて懸念するもの、それは、
「私ではあの人には勝てませんよ」
純粋な実力差だった。
そこそこ戦い慣れしている琥珀は、相手の実力をある程度図ることが出来る。スラム街に居た頃も、それなりに場数は踏んできたつもりだ。
それに対してただの喧嘩ですら慣れないハイドラは、完全に琥珀の実力を信用しきっていた。
琥珀ならどんな敵でも倒してくれる。そんな出鱈目な信用。
シャルルループの屋敷へ乗り込む作戦も、その無茶な信用があってのこそ。
それが本人によって崩されたのが、ハイドラはよほど衝撃的だっのだろう。自分と琥珀の認識の違いに硬直してしまっている。
「た……倒せないの? 嘘だよね……?」
「そんな嘘なんて吐きませんよ。そもそも貴族に勝てる一般人なんて、そうそう居ません」
「だってお前……どう考えても並みの人間の動きでは無いじゃないか……」
「……はぁ。それであんなに自信満々だったのですか……。私を買いかぶり過ぎです」
琥珀はそこで頬を両手で押さえて続ける。
「ただの女の子ですよ?」
ただの女の子!? そんな可愛い玉では無いだろうが! とハイドラが口走る前に、待ちに待ちかねたシャルルループが二人の会話を中断させるように言った。
「いつまで遊んでいる! 威勢が良いのは口だけか! ミスターハイドラ!」
魔法防壁発生装置を握った両手を胸の前で構える。
そして駆け出した。
「私が死なない程度に時間を稼ぐので、ハイドラ様はそのお仲間とやらを連れて逃げてください」
「どうやって!」
切羽詰まった様子で尋ねるハイドラ。琥珀は冷たく返す。
「背負えば良いじゃないですか。無理なら見捨ててください」
そして対峙するシャルルループをこれ以上ハイドラに近付けさせない為に、迎え撃つように駆け出した。
「最初は可愛い召し使いさん! 君が相手をしてくれるんだね!?」
にやにやと笑みを浮かべてベラベラと話すシャルルループの顔に、距離を詰めきった琥珀の突き出すような蹴りが襲う。
それをシャルルループは表情一つ変えず、必要最低限の動きで回避すると、琥珀のスカートの裾を掴んでそのまま背後へ放り投げた。
「わお!! ガーターベルトととは、ミスターハイドラも良いセンスをしているね!」
スカートの中が覗けてご満悦な表情をするシャルルループ。テアに肩を貸して逃げるハイドラを気にかける様子も無かった。
そして覗かれた当の本人である琥珀は、大木の一本に凹みを作るほどに叩き付けられていた。
「いたた……」
琥珀はそう言って背中を擦る。まだ余裕はあった。それ故に、シャルルループの漏らした気持ち悪い発言が鮮明に耳に届き、悪寒を走らせる事になる。
「はぁ……」
男はみんな変態だ。これのどこが良いセンスなのか。気持ち悪い。
琥珀はくつくつと涌き出てくる嫌悪感を、大木を叩いて晴らす。
そしてそれは勢い余って大木をへし折り、そのままシャルルループへと傾かせていった。
「なんてバカ力だ! 素晴らしい!!」
シャルルループは感動したまま、迫ってくる大木を待ち構える。
「うおおおおおお!!」
そして拳を高く振り上げ、大木の幹に綺麗に直撃させた。
その衝撃は凄まじく、大木が倒れた振動も相まってか地響きまでも起こし、木が割れる独特な乾いた音を周囲に響かせる。
そして佇んでいた鳥達が一斉に森から離れていく中、ガッツポーズを取るシャルルループが意気揚々として言った。
「だが力には私も自信があるんだ!! 可愛い召し使いさん! 力比べといこうか!」




