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二十七話『私はおかしいですか?』

 魔法防壁の中心。そこに勲章のような形の本体があった。

 琥珀はそれを軽く叩いて魔法防壁を解除させると、勲章が地に落ちる前に少女へ向けて駆け出す。

 少女も負けじと拳銃を構え直した。が、琥珀によって投射された小さなナイフが少女を襲い、それを転がるように回避するのが精一杯で、思うように標準が合わせられない。

 そうして琥珀は少女に接近する事に成功する。

「近付いてしまえば良いのです」

 そのまま琥珀は少女の手首を掴んで銃口を空へ向けさせた。

 遅れて響く発砲音。

 そうして黙って睨む少女に、手首を掴む手に力を入れて琥珀が言った。

「……もう抵抗出来ませんね。諦めて下さい」

「拳銃など無くとも、あなたくらい……!」

 少女が空いている方の手で、琥珀の顔へ拳を突きだした。

 琥珀はそれをいとも簡単に回避すると、力任せに少女を地にねじ伏せる。

 そうして上から押さえ付けたまま、口角を吊り上げ静かに笑って言った。

「そうですね。戦いは拳銃だけで決まるものではありません。……魔法……扱えますよね?」

「それがどうしたって言うの……」

「私も簡単な魔法なら扱えるのですが、最近使用する機会が無くて――」

 琥珀は少女を解放し、乱暴に立たせながら続ける。

「――魔法の腕が鈍ってしまったから、少し感覚を取り戻したいなぁ。と思いまして」

 薄笑いをする琥珀に、少女が怪訝そうな表情を浮かべる。

 次の瞬間だった。

 琥珀が少女の髪に手を通したかと思えば、

「火魔法『ファイアー』」

 その詠唱と共にその手が燃え上がり、少女の髪を焼き焦がした。

 あまりにも突然な発火に少女が転ぶようにして琥珀を見上げる。

 揺らめく煙の中で琥珀は笑っていた。

 有機物が焼ける独特の臭いが広がる。

 少女は咄嗟にその臭いの元、もっと言うなれば、女にとって大切な物である髪に手を伸ばした。

 普段ならば手に感じるはずの感覚が無い。触れる感覚が、もう完全に無かった。

「え……」

 少女はそれ以上、言葉を発する事も出来なかった。

 琥珀はそんな少女と視線を合わせるように、屈んで言う。

「あなたのような狂っている人間は、スラム街では良く見てきました。珍しくとも、なんともありません。日常的に人を殺め、殺められる世界です」

 琥珀は左右非対称の髪型になった少女を見て微笑む。

 そして無事な方の髪に手を伸ばして続けた。

「けど私もまた、そんな世界で生きてきた人間なのです。あなたもそうですよね? だって可愛いもん。だから貴族に買われたんでしょ?」

 琥珀の手に再び熱が籠り、少女の耳にチリッと髪が焼ける音が届く。

 少女は咄嗟に琥珀の手を払い除けて言った。

「やめて! もう燃やさないで!!」

 琥珀を睨みはするが、その体は小さく震えていた。

 琥珀は抗う少女の髪に、執拗(しつよう)に触れようとする。

「そんなに可愛い反応をしないで下さいよ。私の今の態度は、同じ世界で生きてきたあなたへの敬意の表れなんですから」

 手を振り払って嫌がる少女の毛先に軽く触れては、少しずつ髪をチリチリと焦がしていく琥珀。

 そんな様子の琥珀に、ずっと黙っていたハイドラも割って入って言った。

「良い加減にしろ!! 琥珀!」

 その背後からの声に、琥珀は静かに立ち上がると、背を向けたまま返す。

「……何故ですか? この子はハイドラを様の命を狙った明らかな敵なのですよ。殺意も無く殺しを行える残虐な人間なのです」

「確かにそうだが……だからと言って……。お前らしくも無い……」

 そこで俯くハイドラ。

 琥珀は座り込む少女の横に落ちている拳銃を拾い上げると、そのまま少女の足へ向けて発砲する。

 そしてそこで、ハイドラの方へ振り向いて言った。

「らしくないのはハイドラ様です。随分とお優しくなられたのですね」

「何故、今撃ったんだ!?」

 優しいとか優しくないとか、今のハイドラにとってはどうでも良かった。

 そんな事より一度、制止するように忠告したにも関わらず、琥珀が残酷な行為を続けている事の方がよっぽど重要だった。

 そしてその当の本人である琥珀は、不思議そうに首を傾げて答える。

「いつまでもハイドラ様に背を向けたままでは失礼だと思ったので……しかし敵に背を向けて万が一にハイドラ様に、何かあってはならないと思ったからです」

「お、お前なぁ……」

 ハイドラはそこで言葉を失ってしまう。

 琥珀はそんなハイドラが、心底不思議で仕方がなかった。

 狂っている人間に正当な手段を用いて干渉しても、はっきり言って無駄でしかない。

 目には目を。それが狂っている人間に最も有効な手段。それが琥珀の経験則だった。

 自分が狂っていないとは、当然思わない。しかしハイドラがそれを指摘してくる事が、疑問だった。

「ハイドラ様。私はおかしいですか? こうして貴族に買われて、見張りから戦闘まで押し付けられ、きっと性処理までさせられているであろうこの子に同情しないと言うのは、変ですか?」

「同情……とか、そう言う話ではない。分かれよ……」

 ハイドラは地面の草を呆然と見つめながら、呟くように言った。

 琥珀も俯き、胸に片手を当てて答える。

「琥珀には……分かりません」

 そこで長い沈黙が訪れる。

 重い空気の中で、次に動き出したのはハイドラだった。

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