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二十二話『契約に基づき命じる。汝、敵対する者を……殺せ……!』

「シャルルループ……だと……? 今日の商談相手だ……」

「あぁ、そう言う事。()められたね、くそ兄貴」

「どう言う……意味だ……?」

 絶望の表情を浮かべるハイドラが、時雨に手を伸ばして聞いた。

 それと同時に屋敷の窓が音を立てて破られ、二人の視線を集める。

 するとそこには、窓を突き破った何者かがこちらへ向かって駆け寄って来ていた。

「話は後で! お兄ちゃんはこれを! その人、お兄ちゃんと違って戦力になるから!」

 時雨はそう言って紫色の小瓶を投げ渡すと、向かい来る黒いローブ姿の人物と対峙するように駆け出した。

 ハイドラは受け取ったそれに視線を落とす。

 魔法薬。確かにそれは魔力を活性化させて絶大な治癒効果を使用者に与えるが、さすがにそこまでの即効性は無い。

 ……ただしそれは定められた用量を、きちんと守って使った場合であって、その規定の量を越えての使用に置いてはその限りでは無かった。

「賭けろ……と言うのか」

 もちろんその分の跳ね返りも大きく、最悪の場合、人格を破壊する。

 今や琥珀の承諾も得られない状況下にあるハイドラは、独断でその判断を下さなければ無かった。

「……すまない」

 悩んでいる時間などは無い。答えはすぐに出た。

 応戦している時雨もはっきり言って、あとどれくらい持つかの状況だった。

 相手は殺しのプロだろう。

 時雨もそれが分かって、ハイドラに決断を迫ったのだ。

 どちらにせよ、ここで引き下がれば皆が死ぬ。

 ハイドラは小瓶の蓋を外すと、中の液体を勢い良く琥珀に振りかけた。

「頼む……琥珀……」

 ここで契約に基づいて指示を下したとしても、不可能な事は出来ない。ハイドラは目を閉じて指を組み、ただ祈る。

「ハイドラ様……」

 返ってくる言葉。

 賭けに勝った……! と喜んで瞼を開けると、そこにはにやりと狂気に溢れる笑みを浮かべる琥珀が居た。

「はははははははは……フフフフフフ……!」

 唐突に笑い出す琥珀。

 そのゆっくりと一文字一文字をはっきりと発音させる琥珀の笑い声に、ハイドラが腰を抜かしていると、不意に琥珀の手がハイドラの首を掴んだ。

「よ……よせ……。琥珀……」

 声にならないハイドラの言葉を無視するように、琥珀は首を掴んだまま立ち上がる。

 その顔からは既に笑みは消えていた。

 当然ハイドラも足掻くが、まったく歯が立たない。

「あ……あああああ……!!」

 唐突に琥珀は奇声を上げると、ハイドラは投げるように放した。

 そしてそのまま地面を転がるハイドラを睨んで言う。

「ハイドラ……様。早く……私に命令を……」

 押し殺すような声でそう言った琥珀は、次の瞬間にはまた笑っていた。

 琥珀は狂気と戦っている。その苦しみの中で、ハイドラを傷付けまいと出した願いが、自分を縛る契約だった。

 ハイドラも今の状態の琥珀が指示に従うか、想像すらつかない。しかし、それが今出来る最善の手だった。

 琥珀がまた奇声を上げて、ハイドラに手を伸ばす。

「契約に基づき命じる。汝、時雨と敵対する者を……殺せ……!」

 琥珀の動きが止まらない。

 やはり駄目だったか……。と覚悟を決めるハイドラの胸ぐらを琥珀の手が掴んだ。

 そしてそこで……遅れて琥珀はその動きをぴたりと……止めた。

 そのまま琥珀はぎこちなく頭を下げると、ハイドラに背を向け、駆け出す。

 ハイドラが見た琥珀の背の傷は塞がっていた。

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