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二十一話『――シャルルループって人知ってる?』

「ではこれが残りになります」

 屋敷の出口にて、黒いスーツの人物が持つアタッシュケースを琥珀が受け取る。

 ハイドラは一足先に外へ出ていた。

 琥珀も遅れてその後を追い掛けようと歩み出すが、肩に触れて琥珀を止める者が居た。

「可愛い召し使いさん。君にも個人的に、これを渡しておこう」

 慌てて琥珀が振り返る。

 するとそこには魔法防壁発生装置を握るシャルルループが微笑んでいた。

 琥珀は、アタッシュケースを激しく揺らして両手を降る。

「私にはとてもお支払いする事が出来ません……!」

 シャルルループは琥珀の余っている方の手に無理矢理握らせると、ウインクして言った。

「これはサービスさ。だからぜひ、私の名を覚えておいてくれ」

 シャルルループはそこで少し距離を置いて続ける。

「私の名はシャルルループ。では可愛いお嬢さん。ごきげんよう、グッドラック」

 親指を立てるシャルルループに琥珀は深く頭を下げると、外でずっと待っているであろうハイドラの元へ急いで駆け出した。







「こ……これはなんだ……どう言う事だ……」

「嘘……」

 屋敷に帰ったハイドラが真っ先に見たものは、地塗られた我が屋敷だった。

 大きな庭。外門から入ってすぐのそこは、赤い鮮血によって彩られ、花壇の花を踏み荒らすようにメイド達の死骸が転がっている。

 中央で水飛沫を上げる噴水も今や血の雨を降らし、その奥の屋敷に至っては長年も放置された廃墟のように荒らされていた。

 言葉を失うハイドラ。そして商談に向かう前に聞いた琥珀の忠告が脳裏をよぎる。頭が痛みで響き、重くなる。

「ハイドラ様! ここに居ては危険です! あなた様を待ち伏せしている可能性が――」

 真剣な表情をしてハイドラの手を引っ張る琥珀が、唐突にそこで黙り込んだ。

 屋敷を睨んでいたハイドラが不振に思い、琥珀へ視線を移すと、そこには口から血を流す琥珀がハイドラにもたれ掛かって来ていた。

「――おい……! どうした? しっかりしろ……! 琥珀! うわ!」

 ひ弱なハイドラが琥珀を支える事など出来ず、共に倒れ込んでしまう。

 そこで初めて、完全に力を失った人間が、これほどに重い事を知るハイドラ。

 そのまま自分の上で、虚ろな瞳をする琥珀の頬を、数回叩く。

「おい!! どうした……!?」

 自分の歯が無意識に音を鳴らして震える。上手く発声出来ない。

 混乱からか、目まぐるしく動く眼球が自分でも感じ取れる。

 そうしているうちに震えは体全体に渡り、既に判断力なんてものは、ハイドラには残っていなかった。

「う……嘘だろ? 早く立てよ……琥珀。俺が立てないだろう……?」

 ハイドラが琥珀の体を小さく揺らす。

「逃げて……くだ……さい」

 ハイドラの中で時間が止まる。

 琥珀の声にならない声。その掠れた声をハイドラは聞き逃さなかった。

 まだ死んでない。今はそれだけが唯一の希望だった。

「わ、分かった! だったらお前も一緒だ!」

 琥珀を抱え、弱い力で起こそうと試みるハイドラ。

 しかし一向に琥珀が動く気配は無く、困り果てたハイドラもそこで困惑を越え、苦い笑みしか浮かべる事しか出来なかった。

 そしてそこで気付いた事がある。

「おい……。お前……」

 視線を手元に落とす。

 そしてそこにべったりと付着する赤い液体。

 抱えて触れた箇所は琥珀の背。そこへ恐る恐る視線を移すと、予想通りそこは真っ赤に染まっていた。

 どこからか狙撃されたか……? そうなると自分の命も危ない。

 しかし、

「馬鹿な……死ぬな……! 琥珀!」

 もう嘆く事しか出来なかった。

 辛うじて琥珀の下から這いずり上がり、地面の土を両手で握りしめる。

 そして、そんなハイドラに話し掛ける見知った声が耳に届いた。

「ねぇお兄ちゃん」

 ……時雨……!! 誰の声なのか、そんなものはすぐに分かった。

 怒りと怨みを同時に感じるハイドラは、既にすぐ近くまで来ているであろう時雨へ視線を移す。

「貴様……!! どう言うつもりだ……! どうやって契約を――」

 震える顎で歯を食い縛り、涙を流して顔を上げるハイドラ。だったが、どう言う訳か、そこで言葉を失ってしまう。

 なぜなら、

「――シャルルループって人知ってる?」

 そう続けた時雨が苦痛の表情を浮かべ、全身から血を流して片腕を抱えていたからだ。

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