二十話『決まっているだろう。琥珀はこっちだ』
「それで、どうだ? 弟の様子は」
「変わらずですね。ずっと部屋でゴロゴロお過ごしです。たまにメイドを呼び出しては、お話に花を咲かせていらっしゃいますよ」
質問に答える琥珀は、玄関先でタキシード姿のハイドラに革の靴を履かせていた。
昼食も既に済ませ、今から商談に向かう所だった。
ハイドラは靴の先をトントンと地面で叩き、玄関の扉を開ける。
時雨を残して屋敷を後にするのがよほど心配なのだろう。浮かれない顔だった。
「ハイドラ様。私はどうすれば……」
琥珀が困った表情でハイドラを見つめる。
ハイドラはそこで重たい溜め息をつくと、扉を琥珀が通れるように開けっ放しにして言った。
「決まっているだろう。琥珀はこっちだ」
「……はい!」
少しだけ嬉しく思う少女だった。
「けど私をここへ連れて良かったのですか? 弟様、かなりの実力者でした。他のメイド達の手に終えるとはとても思えませんよ」
とある貴族の屋敷、応接間に案内された二人は、珍しいインテリアが並ぶ部屋を見渡しながら会話をしていた。
「だからこその契約だ。今のあいつには何も出来ないさ。それにメイド長に監視役を頼んでいる。あいつは今なら二番目に強いし、大丈夫だろう。……琥珀には俺を守って貰わんといけないからな」
ハイドラの発言に琥珀は山賊との戦闘を思い出し、その時のなんとも情けなかった主の姿に苦笑いを浮かべた。
どうしてこんなに弱いんだろう。と改めて疑問に思った所で、昨日の時雨とハイドラの会話を連想させるように思い出す。
「そう言えば弟様……弱くなったって言ってましたね……。昔は強かったのですか?」
「まぁ……今よりはな」
「……ではどうしてその力を失ってしまったのですか?」
琥珀が首を傾げて尋ねる。
それにハイドラが答えようと口を開いた瞬間、唐突に元気な声が部屋に響き渡った。
「フォォォ! ミスターハイドラ! 待ってたよ!!」
声のする方へ二人は視線を向ける。
派手な彩色のスーツを着たその人物が、扉から勢い良くその姿を見せていた。もはやその様子は元気を越えて、ただひたすらにハイテンションだった。
「は、初めまして……」
顔をひきつらせて挨拶をするハイドラ。琥珀もその背後で、頭を深く下げて顔を隠す。
「どうしたんだ?! 元気が無いようだけど、悪いものでも食べたのかい!?」
あなたのテンションに付いていけてないだけです。と琥珀は心の中で冷たく漏らす。
「い、いや別にそう言うわけじゃないんだが……。とりあえず取引といこうか」
困った表情をするハイドラに琥珀が見えぬエールを送っていると、その人物が近くのソファへ導くように指差した。
「失礼する」
ハイドラがソファへ腰掛けると琥珀はその背後へ、そして取引相手であるその人物は、テーブルを挟んで向かいに座る。
「こんな情勢の中で君も忙しいだろう? その中でわざわざここへ足を運んでくれた事、実に感謝する。……私の名はシャルルループ。ぜひ覚えて帰って欲しい」
シャルルループと名乗った人物はさっと手を差し出し、握手を求める。
ハイドラはその握手に答えながら返した。
「契約の魔法使いハイドラ。こちらこそ、こうして商談の場を設けて頂いた事、感謝する」
ハイドラのかしこまった対応に、琥珀は表情に出ない程度に驚いた。
やれば誠実な態度も取れるんだ……とハイドラの新たな一面を知る一方で、普段の言動をより残念に思う。
「さて少し気が早いがミスターハイドラ。物々交換といこうか」
両手を広げて意気揚々とするシャルルループの要望に答えるように、ハイドラは手に煙と共に契約書を出現させた。
それを見てシャルルループがまた叫ぶ。
「グレイトォォォォォ!!」
いちいち騒がしい人だなぁ、と琥珀も微笑みが崩れそうになる。
そうして今度はシャルルループがポケットから何かを取り出し、それをテーブルの上に置いた。
「それは……」
その何かの勲章のような物を見て、思わずそう言ってしまったのは琥珀だった。
あっ……と琥珀は口を押さえる。
シャルルループはその様子を見て楽しげに話し出した。
「これは安心と実績のシャルルループ印の魔法防壁発生装置さ! このご時世だからね! 小型の魔法防壁発生装置の一つくらい護身用にあっても良いものさ!」
シャルルループはキラキラと輝く魔法防壁発生装置を裏も見せるようにくるくる回した。
琥珀はまるで宝石のように輝くそれに目を奪われながらも、シャルルループの発言について考える。
確かに今は治安が良いとは言えなかった。ここ最近、貴族間の争いが増え、ハイドラも重たくなる頭を抱えている。
そしてその争いに巻き込まれた際の対策として、ここに訪れていた。
自分の家族の問題もあるのに大変だなぁ、と琥珀は他人事のように思う。
「綺麗ですね」
と我に返ったように琥珀が愛想良く素直な感想を述べた。
ハイドラが、余計な事を言うな、と言いたげな表情で琥珀を睨む。
しかし目前のシャルルループはさらにテンションを上げて言った。
「そうなんだよ!! このデザインがまた人気の理由の一つなんだよ!!」
そこへ、
「なるほど! で、では早速交換しましょう!」
話を遮るようにハイドラは叫び、契約書をシャルルループに握らせる。
一瞬、沈黙が訪れたものの、シャルルループはすぐに元気良く言った
「おーけー! 商談成立だ! 残りの魔法防壁発はアタッシュケースにてお渡しするよ!」




