最終話『魔法と少女と魂と』
「後はよろしく。白雨」
グリムソウルから一気に吹き出す返り血を浴びて琥珀は微笑んだ。
しかしグリムソウルもまた笑顔だった。
「馬鹿な奴だなぁ、琥珀ちゃんは。俺、生き返るときは五体満足で生き返られるんだよねぇ」
「あっそ」
「ははは、ほら体が軽くなってきた……ほら……体が……」
そこまで言ってグリムソウルの表情が曇ってくる。
「ねぇ、グリムソウル。痛いでしょ?」
屈んでグリムソウルの頭を撫でる琥珀。
グリムソウルは目を見開いて命辛々に尋ねる。
「な……にを……した……」
「大魔法使いが言っていたでしょ? お前の魂の一部となって、お前の魂を直接殺せば、お前は生き返る事が出来ないって」
「誰……が……? 慈愛フリーレンか……?」
「慈愛フリーレン? 誰それ? 私のご先祖様かなにか? 違うよ、白雨だよ。忘れたの?私に魂を移動させる術を教えたのはあなたでしょ」
「俺は……口付け……されて……いない……」
「別に口づけしなくとも、血液でも唾液でも経由すれば魂は移動出来るんでしょ? 私は知っていたよ。欲しいなら今からでもしてあげようか」
「やめ……ろ……」
グリムソウルの頬を両手で抑えて、琥珀は唇を重ねる。
これが最後の復讐だった。
別にこうして口付けを行わなくとも、グリムソウルは死に絶える。
しかしこうして直接引導を渡して殺す事が、琥珀の念願だった。
体しか求めて来なかった男が、接吻と言う初歩的な愛の行動によって殺される。
そこで琥珀は唇を離した。
「美徳を感じるわ」
グリムソウルの目は既に曇っていた。琥珀はグリムソウルの瞼を閉じさせると、静かに立ち上がり呟く。
「邪魔者は居なくなった」
グリムソウルも、もう一人の自分も。結果として魂を取り戻し、元の琥珀に戻る事も出来た。あれほど豪語していた白雨が居ないのは残念極まり無かったが、それも致し方ない。
これからの生活は時雨次第となる。
時雨が拒否してしまえばこの腹の子と共に、余生を過ごすのみ。
時雨が良しと言えば、後は時雨にこの身を託そう。
しかし本当に白雨が居ない事が残念だった。それだけが心底、悔やまれる。
どうして自身を残して先に逝ってしまったのか。内心、期待していたと言うのに。
「まぁ、考えても仕方無い事ね」
溜め息を付いて気を失う時雨の元へ歩み寄って行く琥珀。
その時だった。
「琥珀よ!」
その声が琥珀の耳へ届いた。
慌てて振り向くとそこには、白雨が立っていた。
「琥珀よ! 念願が叶ったぞ……!」
白雨は泣いていた。嬉し泣きだろうか。それにつられて琥珀の頬からも一筋の涙が流れた。
「白雨……! 良かった……! 生きていたんだ……!」
「あぁ……! はっきり言ってまた、お前を怒らせてしまうかも知れないが聞いてくれ」
「なに……?! どうしたの?!」
「俺は本当にお前が大切だ! 散々お前には迷惑を掛けたし、俺は俺自身を一番大切にしている事には違いない。けど、それは人間ならば皆そうなんだ!」
白雨はそこで深呼吸をして続ける。
「けどな! 聞いてくれ! これも正直に話すが、魂を肉体に共有させている内にお前が他人事のように感じれなくてな! 今は本当にお前を愛しているんだ! 時雨はお前の事を大切にした。俺と比べたら一目瞭然だろう! けど、恥を忍んで頼む……! 俺と来てくれないか……!! これから俺がお前を大切にするから! 命に変えても守るから!!」
「白雨……」
「頼む!!」
そこで深く頭を下げる白雨。
命に変えても守る。大切にする。その言葉に嘘偽りは無いだろう。その証拠に、今回グリムソウルを倒す事が出来たのは、白雨の事故自己犠牲のおかげだと言っても過言ではない。ここで生き返られる算段は無かったはずだ。それこそ本当に奇跡だった。
今までの白雨ならば、出来るはずも無かった。白雨は本当に自身を愛してくれている。
だからこそ、答えは決まっていた。
「白雨……!」
両手を広げる琥珀。
ぱぁっと笑顔を浮かべて駆け寄る白雨。
そして抱き合う二人。雨は止んでいた。
「ありがとう……これほど感謝した日は無かった。俺は世界一幸せ者だ」
「うん。私も世界一幸せ者だよ。だって――」
小さなナイフが白雨の背中に突き付けられる。
「――あなたをこの手で殺す事が出来たんだもん」
そして琥珀は勢い良くナイフを引き抜くと、白雨に口付けを行った。
そしてすぐに乱暴に蹴り倒す。
「最後にキスできて幸せだったでしょ? これでお前は再生出来ない」
「……こは……く?」
口をパクパクさせて尋ねる白雨の胸に、琥珀は再度ナイフ突き立てる。そして世界一冷ややかな視線を向けて言った。
「自惚れないでよ。お前は世界一自己中心的で最悪な価値観を持つ男で、世界一不幸な死に方をするのに相応しいよ」
「こ……はく……。違うんだ……俺は本当に……」
「はいはい。分かった分かった。……あ、そうそう。あなたに支給して貰ったナイフだから返しておくね、これ」
そう言って琥珀は倒れる白雨から少し距離を取ると、差し込む日光を腕で遮って空を眺める。
そしてそこで深く息を吸うと、白雨へ向けて深々と頭を下げて言った。
「朝日が眩しいですね。ですが、あなた様の方が輝いておりますよ。ふふ、なんて。それではおやすみなさいあなた様。長い間、本当にお世話になりました。来世では幸せにしてくださいね」