二十八話『俺を殺したって無駄だ。知っているだろう?』
「どうしてぇぇ……!!! 琥珀ちゃん……!!! 琥珀ちゃん……!! 琥珀ちゃん……!!! まだしたい事いっぱい残ってるんだよ!! 琥珀ちゃん……!! 目を開けてよ……!!! ああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
絶望が支配する空間。右手を真っ赤に染めるグリムソウルは懇願する時雨を蹴り飛ばして笑う。
「待ってたよ白雨、それともう一人の琥珀。遅かったじゃないか。おかげでほら、第一幕が下ろされた所だ」
雷鳴が轟き、それがグリムソウルの高笑いをより引き立たせる。
琥珀に既に掛ける言葉など無かった。
白雨も同様か時雨には何も触れなかった。しかし白雨は琥珀の手を握ると、
「行くぞ。準備は済んだ。ここで話さなくとも俺の求めている事は分かるだろう」
「うん。分かってる」
そう言ってすぐに二人は駆け出した。
グリムソウルは琥珀の死骸を蹴り飛ばすと、両手を広げて待ちわびる。
「来いよ。お前らの全てをぶつけろ。遊んでやる。古代上位雷魔法『ライトニングマスター』」
そして流れるように魔法を詠唱すると、グリムソウルはその場を片足で強く踏みしめた。
その瞬間、激しい電撃が床に浸る水を伝って白雨と琥珀を襲った。
「あっ!」
と琥珀が叫ぶも、既にその時には全身を駆け巡る電流に成す術もなく琥珀と白雨は地面を転がっていた。
死骸の元で泣き崩れていた時雨もその不意に一撃に気を失ったのか、死骸の手を固く握り締めたまま倒れている。
どうするべきか。目を見開いてオートマティックに震え続ける体を制御出来ず苦しむ琥珀の隣で白雨だけは動いた。
死骸が作り出した血の池。水で薄まっては居たがこれも歴とした血液だ。
そのまま白雨はグリムソウルに駆けながら叫ぶ。
「琥珀よ!! 今の貴様ならまだハイドラの力が使える!! 立て!!」
白雨の手に赤い剣が出現し、それをグリムソウル目掛けて振り払う。
しかしグリムソウルはそれを簡単に回避すると、白雨の胸部へ指を立てた。
「光魔法『ナシャート』」
指先が目映く輝き、鋭い一筋の光が白雨の胸をあっさりと貫く。
目を丸くして吐血する白雨だったが、白雨は止まらなかった。
再び剣を構え、グリムソウルへそれを振るうが、今度は白雨の額を一筋の光が貫いた。
「痛いでしょ? これ。酷いあの大魔法使いはこれで何度も俺をいたぶってくれたよ」
「負けたんだ……お前」
よろけながらも額を抑える白雨はしっかりとグリムソウルを睨んで言った。
グリムソウルは静かに口角を吊り上げると、その手に赤い剣を出現させて答えた。
「負けていたらここに立って居ないだろう? おつむ足りてないんじゃない?」
「なんだ? 今の言葉が癪だったか?」
「上位火炎魔法『ファイアスターター』」
白雨に向ける剣先から燃え盛る火炎が放たれる。それは強烈に白雨の体を燃やし続けると、瞬く間に有機物が焼ける臭いが広まった。
「燃やし続けられたらお前は再生出来んのかな?」
「グリムソウル!!」
その中で名を叫ぶ者が一人。
グリムソウルはその魔法を休める事なく首を回して確認する。
するとどう言う訳か、時雨と死骸の元で立ち尽くす琥珀が、その手に握り締める赤い剣をグリムソウルに向けて睨んでいた。
「そんな所に居ないでこっちおいでよ。琥珀ちゃん」
「言われなくても……!! 白銀の風『フリーレン』」
駆け出す琥珀の魔法の詠唱と共に辺り一面が凍り付いた。
「なんだ? 琥珀本体の魂を回収したか? 小賢しいな」
グリムソウルはそのまま剣先を適当に振り回して炎で適度に氷を溶かす。すると今度は、
「Vertrag『ハイドラ』」
その魔法名を琥珀が詠唱した。
「お前がハイドラの魔法を……?」
目に見えて狼狽えるグリムソウルが白雨の方向へ振り向き直すとそこには、骨しか残されて居なかった。
白雨は完全に炎で溶かされていた。
「なんだ、案外脆いんだねぇ。白雨」
「よそ見してる場合?」
グリムソウルの近くで琥珀の声がする。
すぐにグリムソウルはそちらの方へ振り向くとそこには、白雨が居た。
「なに……?」
あまりにも予想外の事だったのか、白雨は驚くグリムソウルの腕を赤い剣にて切り落とした。
「くそが!!」
すぐにグリムソウルは余った片手に剣を出現させてそれを振るうが、白雨はそれを跳び跳ねるように距離を取って回避する。
「だったらあの骨は誰の……!」
そのままグリムソウルは慌てて再度骨を確認する。しかしそこにあったのは、やはり骨だった。
「それは俺の骨だ!」
またしても接近する白雨の声がする。
剣を構え直して改めて睨むグリムソウルだったが、次にそこいたのは琥珀だった。
「なっ……!?」
今度は琥珀が、グリムソウルの余った片手を切り落とす。
そうして対抗する手段を失ったグリムソウルの両足を一度に切り落として、琥珀は再び距離を取った。
「なんだぁ……? 何が起きている……?」
倒れ行くグリムソウルは首を回して琥珀を確認する。
しかしそこに居たのは白雨だった。
そうして血の池の上に飛沫を上げて倒れたグリムソウルは、全身から赤い血液を流し続けて目を丸くした。
「白雨……? 琥珀は……どこに……」
白雨はそんなグリムソウルを見て愉快そうに笑うと、
「この日を待っていた」
血溜まりの上をとぼとぼと歩いて寄って行く。
そしてまだ根強く残っている氷を踏みしめたその時、白雨の姿は琥珀へと変わっていた。
「この日を待っていたの」
グリムソウルの傍らで琥珀が雨水を切って剣を振り上げる。
「俺を殺したって無駄だ。知っているだろう?」
それを今度は、躊躇う事なくグリムソウルの胸へ降り下ろした。
「後はよろしく。白雨」
グリムソウルから一気に吹き出す返り血を浴びて琥珀は微笑んだ。
しかしグリムソウルもまた笑顔だった。