二十四話『何も残されていないからこそ、今ならなんでも出来るんだ。失う物が無いからな』
車。過去にはその物珍しさから、乗車する度に心踊らせていたが、悲しい事に今は何も感じなかった。
「まだ車なんて隠し持って居たんだね」
山道を走る車に揺られて、助手席の琥珀は言った。白雨はフロントガラスの先を見たまま答える。
「俺の最後の財産だ。これで、もう失う物は何も無い」
外は生憎の雨だった。ここの所ずっと雨を見ている気がする。グリムソウルの雨男が移ったのだろうか。ワイパーが窓を擦る音を背景に、琥珀は適当に返事をした。
「何もないんだ」
「あぁ、自尊心も地位も名誉も野心も家族も俺を慕ってくれる人間も金も何もかもグリムソウルに奪われた。何も残されていない」
「だったら復讐なんてしないで、くたばったら良いじゃない」
少しきつい事を言った自覚はあるが、今更白雨に遠慮する気配りも同じく残されてはいなかった。
しかし今の言葉は白雨に大きな衝撃を与えたのか、白雨は黙り込んでしまった。
ワイパーの音が異常に大きく響く。
「……なに? 本当に死ぬの?」
冗談っぽく笑いを交えて再度尋ねた。しかしながら車が徐々に速度を失って行く。
どうやら白雨は車を停車させるつもりのようだ。頗る面倒臭い。
「ねぇちょっと。意味が分からないんだけど」
情緒不安定か。と付け足して言いたい所だったが、ここは遅いながらも抑えておく事にする。
ひとまず自身から出せる物は、溜め息だけだった。
「こんな所に車を止めて何がしたいの?」
苛立ちからか口調が荒くなる。
するとそこで、やっと白雨は口を開いた。
「……何も残されていないからこそ、今ならなんでも出来るんだ。失う物が無いからな」
「そーだね。私もそうだよ」
「だからさ……」
そこで白雨は言葉を詰まらせる。
怪訝に思う琥珀が、白雨の顔を眺めて首を傾げていると、
「こんな事をするのも、つまりは俺の自由と言う事だ」
そう言って白雨は、琥珀の衣服を力任せに破り捨てた。
自身で選んだ猫の顔がプリントされたシャツの断片が車内を舞う。
そうして晒される琥珀の胸を、白雨は乱暴に揉みしだいた。
「さいてーね」
琥珀は、それでも顔色一つ変えなかった。
それでも白雨の手は止まらない。それどころか次の興味は早くも下半身に移ったのか、腹部の方へなぞるように移動させていく。
「ねぇ、知ってるでしょ? 私妊婦さんなんだよ」
「だからなんだと言うんだ」
「はぁ……もううんざり」
そう言いつつも琥珀は抵抗しなかった。ただ面倒臭さそうに、外の景色を呆然と眺めるのみ。
琥珀に貞操観念など、残されていなかった。