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二十一話『琥珀白雨グリムソウルハイドラ』

 あれから時雨に連れられて琥珀は、車の中に居た。

 近くに予め駐車されていたのだろう。グリムソウルと距離に離すにこれほど適した乗り物は無い。

 琥珀も最初こそは動揺していたが、今では何故かふんぞり返っていた。

「ここまで逃げれば大丈夫かな……」

 冷たい車内に時雨の不安の声が響く。

 寒い訳では無いがここは肌寒かった。琥珀はフロントガラスから見える緑の景色を呆然と眺めて答える。

「今更、何か用事でもあるのですか?」

 琥珀の声は車内よりずっと冷たいものだった。さすがの時雨も苦笑いを浮かべている。

 気が付けば外は生憎の雨だった。しとしとと降る雨を弾く規則的なワイパーの音を背景に、時雨も合わせるように静かな声で返事をする。

「琥珀ちゃんのそっくりさんが居る噂を聞いて探していたら、まさかの琥珀ちゃんだったからさ。……単刀直入に聞くよ?君は誰?」

 琥珀の拳が静かに握られていく。屈辱。今の感情を表すならばこの表現以外はありえなかった。

 フリーレンでは無いとしても、自身は紛れも無き琥珀。むしろ、そのそっくりさんを見抜けず違う女に行ったのは、時雨の方だ。

 嫌いと言う感情に対して、好きはどうしてこれほどに脆いのか。好きだった相手もこうなっては、嫌いに分類される人間。今、ハッキリとそれを実感する。

 琥珀は固くなりきった拳で自身の腿を叩くと、深呼吸をして深く俯いた。

「こ、琥珀ちゃん……?」

 運転中だと言うのに琥珀の顔を覗き込む時雨。

 すると琥珀はすぐにその顔を力任せに掴み前へ向き直させると、低い声で答えた。

「運転中は前を向くんだな。時雨よ」

「こ、琥珀ちゃん……?」

「その名で呼んでくれるな。私は……そう……魂が混濁した、人成らざる者。生ける屍。歩く禁忌。交差する思念……」

「ど、どうしたの急に……?」

「お前は知らないかも知れないがな。魂と肉体と魔法陣の三つで一人の人間が成り立っている。即ち、このバランスを崩した者はもはや人とは言えない。魔人の時代より禁忌として扱われたそれを体現した私の……名をつらつらと挙げるとすれば……そう――」

 そこで琥珀は顔を上げて時雨を睨んで続けた。

「――琥珀……白雨グリムソウルハイドラ。もはやここに名らしい名は無い」

 時雨を見つめる琥珀の瞳が赤く発光する。

「ど、どう言う事……? 琥珀ちゃんじゃないの……? もしかして……兄貴なの……?」

「存外鈍いんだな。お前も。あるいは理解して上で(とぼ)けているのか。お前の目の前にいる我は、お前の知る白雨でも琥珀でも無い。新たな生命体……ただ復讐に身を燃やす哀れな生き物」

 時雨からの返事は無い。

 そこへ琥珀は座椅子に深く腰掛けて続けた。

「君は誰? ……そう訪ねたのはお前だろう?」

「……そんな……僕は……どうしたら……」

「お前に出来る事は一つも無い。それにしてもどうしてここが分かった?」

「大魔法使いの手引きで……」

「ほう。グリムソウルを滅ぼすに置いて大魔法使いが後押ししてくれると言うのか。頼もしい限りだ。普段、威張り腐ってなにもしない奴らでも魔人の事となると重い腰を上げざるを得ないようだな。実に愉快愉快。俺の会った大魔法使いは若かったし、グリムソウルを見て何もしなかった事を考えると……あのノベレットとか言う大魔法使いはさらに地位が高い奴か」

「そ、それがどうしたと言うのさ……」

「分からないか? 今、学園は内戦状態にあるらしいぞ。地位の高い大魔法使いが俺に味方する以上、それより下は動き辛いはずだ」

「ねぇ。なんだかんだ言って兄貴……だよね?」

 そこで車を止めて琥珀を強く睨む時雨。その声からは確かな怒りを感じさせる。

 琥珀はニヤリと笑うと、すぐに無表情に戻って咳払いをした。

「いいえ弟様。私は白雨ではありませんよ。しかし正しくは琥珀でもありませんが。もう迷惑はお掛けしませんので、最後のお願いを聞いて頂けませんか?」

「それは……」

「白雨の屋敷へ。そこへ連れていって下さい。そこで弟様とは最後になりますね」

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