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十八話『……弱くなったお前なんて怖くとも何とも無いよ』

「あぁ? くそ兄貴、さっさと死んでしまえ、おら」

 これが女の子ような可愛らしい容姿をする男の子の発言だとは、少女はとても信じたくなかった。

 今朝の出来事についてメイド達にどんな言い訳をしようと、ずっと考えていた少女だったが、今も地下牢の鉄格子にしがみつく弟を見て、そんな考えはすぐに消え失せる。

 時雨……兄を強く恨む少年の弟。

 少年もそんな弟の様子に困り果ててるようだった。

「話しにならんな……」

「お前がハイドラを……捨てたからだろ……」

「捨ててなどいない。俺はお前達よりもよっぽと、ハイドラとして生きているつもりだ。……と、まぁそんな事はどうでも良い。早くうちのメイドとの血の契約を解約をしてくれ」

 少年はそこで後頭部を掻きながら続ける。

「でないとお前を殺してでも、契約破棄させる事になるぞ」

 少年は一貫して笑顔だった。

 どうしてそんな事を笑って言えるのか、少女は不思議で仕方がなかった。

 確かに少年が変わった人間なのは、うちのメイドなら誰もが知っているほどには周知の事だ。

 しかし弟の事になると、少年のその人格はもっと、ねじれていく。

 何がそうさせているのか、少女には予想すらも出来なかった。

「あなた様……」

 深い関係では無いが、やはり知った仲の者が壊れていく様は、少女には辛かった。

 不安げな表情をして少年を見つめる。

 少年も胸の前で手を置いて縮こまる少女が居る事に気付いて良い気はしなかった。

 そんな様子の二人を鉄格子越しに見て、時雨は嘲笑う。

「ねぇくそ兄貴。だったらさ、自信を持ってその子に……ハイドラ様と呼ばせれば良いじゃん。そう呼ばせないのは後ろめたい気持ちがあるからなんでしょ?」

「後ろめたい気持ちなど……あるものか。時雨……お前も付け上がるのもいい加減にしろよ」

 時雨はそこで牢の冷たい地面に座り込む。そして笑顔で言った。

「……弱くなったお前なんて怖くとも何と無いよ」

 少女はそこで、自分の中で浮かび上がる少年が昔は強かった説に驚愕する。

 そもそも現代の貴族とは有無を言わさずして強いものだった。

 この世界は誰もが魔法を扱える。

 その中でも貴族……それは誰もが与えられた魔人の魔法の力を、特に色濃く残す者。もっと言えば潜在する魔力その物も桁違いに多い。本来は弱いはずなどなかった。

 中にはその力が上手く遺伝出来ずに落ちぶれる者も居るのも居るが。それがどうしたものか、少年はしっかりと遺伝的な魔法が扱える。

 絶対的な効力を持つ契約の魔法など、他に類を見ない唯一無二の魔法である。

 少女も簡単な魔法なら扱えるが、はっきり言って比べ物にすらならない。

 故に少女は、少年の弱さに疑問を抱かざるを得なかった。

「弱くなった……か。言っておくが俺は元々から弱い人間だ。だからはっきり言って代わりに頭がきれるのだ。だがな、時雨よ」

 少年はそこで時雨に視線を合わせるように屈むと、低い声で続けた。

「強さと残酷さは比例しない。お前が血の契約をどうしても解約しないと言うのであれば、俺は本当にお前を殺すぞ」

 あわわ……。と普段の様子からは想像できない少年の言動に、珍しく少女が動揺する。

 少女は自分が真人間では無いとは思うが、やはり他人の黒い部分は見たくなかった。

 特に少年のように、自分を可愛がってくれている人物なら尚更だ。

 少女はどうにかして、少年を元に戻したかった。

「……え……と。ハ、ハイドラ様!」

「なに!?」

 苦し紛れ言った言葉に、少年は普段の様子で振り向いた。

 ひとまずそこで少し安堵。

 少年の言う、なに!? が、単に呼ばれた事に対してなのか、それともハイドラと呼ばれた事に対しての驚きなのかは分からなかったが、そこで 満足した少女は続きの言葉など考えてもいなかった。

「い、いきなりなんだと言うんだ!?」

 さすがに二度も尋ねられて無言は良くないと、少女は必死に続きの言葉を探す。

「……えー……と。これから私はあなた様をハイドラ様とお呼びします。だ、だからどうか私の事をこ……琥珀とお呼びください……ハイドラ……様」

 浮かんだ言葉を適当に繋げただけ。それだけに、こんな事を言うつもりなど無かった。

 普通に考えれば、主に向かって生意気な事を申しただけに捉えられてもおかしくない。

 しかしハイドラと呼ばれた少年には意外にも好印象だったようだ。

「……良いだろう。琥珀、これからはそう呼んでやる。だがな、別にこのタイミングで言わなくとも良かったかのでは無いか……?」

 そんな事はありませんよ! と自信を持って言いたい琥珀と呼ばれた少女。少なくともハイドラをいつもの調子に戻せただけで、意味のあった行為だと言える。

 そして琥珀がそれを言葉にする前に、時雨は言った。

「……血の契約なんてとっくに終わってるよ。悔しいけどお兄ちゃんの契約の効力の方が強くて、無かった事にされたみたい」

 時雨はそこで仰向けに転がって続ける。

「あーあ。なんだか毒気抜かれちゃったよ」

 時雨の言葉が嘘か真か、それも琥珀には分かりかねるが、悪いようには感じなかった。

 ハイドラも先程よりはよっぽど明るい声で尋ねる。

「……だが俺を恨んでいる事は変わりないのだろう?」

「……まぁね。でも聞かされてたほど悪い人じゃ無かったよ。家では契約の力で悪行を重ねてるって聞かされてたけど……それが一人のメイドの為に必死になってるだもん。笑える。……だからさ、今度は家で言われてる人物像とどれくらい違うのか、確かめたくなったよ」

「そんな事を言ってもここからは出さんぞ」

 時雨はそこで立ち上がる。

 そして屈むハイドラを見下ろして言った。

「じゃあさ。僕と契約してよ。そしたらお兄ちゃんに牙を剥く事は一生出来ないし、都合良く使ってくれてもいいから」

「お前の目的は、なんなんだ?」

 遅れてハイドラも立ち上がる。

 今度はハイドラを見上げて答えた。

「……強いて言うなら、確認かな。僕も僕で家柄の仕事、厄介事に追われてる身だから……状況整理と休息がしたい。そんな訳だからここにしばらく置いてよ。家より良い暮らしが出来そうだし」

「ここと言うのは……地下牢の事か?」

 ハイドラは笑って見せた。

 なんだ、普通に話せるじゃないか。と琥珀も釣られて顔を緩ませる。

 しかしその中で時雨だけは跳び跳ねて猛講義した。

「そんな訳ないでしょ!」

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