二十話『無限にコンテニューが出来るような人を相手にしても私の時間が勿体無いだけ。』
「なによ!」
そう言って琥珀は跳び跳ねるように上半身を起こす。辺りを見渡してすぐに分かった事だが、どうやらグリムソウルに捕まった場所から移動させられた訳では無さそうだ。見知った土地が続いている。
しかし目前で行われている事は想像を大きく越えたものだった。
「え……なにが起きてるの……」
学園で大魔法使いを名乗った女性ノベレットが、あのグリムソウルの首を絞めて上げて微笑んでいる。
その実力差は、一目瞭然だった。学園とはこれほどに強大な物なのか。仮にもグリムソウルは魔人の生き残りだ。依代こそ人間の器だが、その魂は歴とした魔人なのだ。
それをノベレットは意図も容易く拘束している。
が、しかし一見追い詰められたように見えるグリムソウルだが、その表情は実に楽しげな物だった。
ノベレットも笑顔のまま首を傾げて尋ねる。
「あらあら。何をそんなに微笑む事があるのかしら?」
グリムソウルからの返事は無かった。当然、そこは首を絞められて息をするのがやっとなのだろう。
するとノベレットがグリムソウルを放り投げたかと思えば、その場で低く飛び地面に叩き付けるように回し蹴りを披露した。
足元まである壮大なドレスで行われたとは思えない軽快な動きに琥珀も思わず目を丸くする。
「魔人。何がそんなに可笑しい?」
そしてノベレットは再度、笑顔で尋ねた。立ち上がるグリムソウルはそれでも笑っていた。
「滑稽滑稽。魔人を追い詰めたつもりで居る人間様が実に可笑しくってさぁ」
「だったら笑えないようにしてあげる」
そう言ってグリムソウルを指差すノベレットの指先が淡く目映く。瞬間、指先から放たれた一筋の光がグリムソウルの胸に小さな穴を開けた。
「あ……れ。俺……死んじゃう……?」
残った息を吐き出すようにそう言い、グリムソウルは膝を付いて倒れていく。
琥珀は重たい体でふらふらと立ち上がると、倒れたまま微動だにしないグリムソウルを見つめてぽつりと呟いた。
「……呆気ない」
復讐すると心に決めた相手がこうもあっさりと……それも他人によって殺されるとなると、本当に拍子抜けも良いところだった。
そもそも学園に気付かれた時点で、こうなる事は容易に想像できた。にも関わらずこうしてグリムソウルが、のこのこと学園の前に姿を見せたのは、そこには何か意図があったはずだ……まだきっと何かが残されているはずだ……と琥珀は敵ながらのグリムソウルをどこか信じて疑わなかった。
それからグリムソウルを見つめて数秒は経っただろう。短いような長い時間を経て、グリムソウルはやはり動きもしなかった。が、ノベレットはそうではない。
「まだ居たのね。まぁ時期にお別れする事になるのだけど。この後に訪れるイベントで、あなたがどんな選択肢を選ぶかによって未来は大きく変わるでしょう」
そう言って歩み寄ってくるノベレットは思いの外、長身だった。グリムソウルと同じくらいはあるだろう。先の出来事もあってか強い威圧感を感じざるを得ない。
そうして掛けられた言葉に琥珀が返答に困っていると、早くも異変が訪れた。
「俺、死なないんだよねぇ……」
それは唐突として、何故か待ち望んでいたその声がノベレットの背後から届いた。慌てて確認するとそこには、ハットを被り直して衣服を叩くグリムソウルがいつもの調子で嘲笑っていた。
そう、そうでなければグリムソウルではない。
そこで初めて、ノベレットは笑顔を崩した。飄々とするグリムソウルへ少しばかりか足早に歩み寄って行く。
「そうみたいね。他人から奪い取った魂を贄にして、自身の命を繋ぐ。でも残念ね……私の中であなたを殺す二通りの方法が確立されたわ」
「へぇ……一応聞いとこうか。答え合わせしてやるよ」
腕を広げるグリムソウルの前で、ノベレットは立ち止まり答える。
「一つはあなたをただひたすらに殺し続ける方法。いつかはあなたの持つ魂が底をついて死ぬのよね? どうかしら?」
「ご名答!」
おどけるように拍手を送るグリムソウル。ノベレットは笑顔で返事をする。
「ええそうね。でも、ほぼ無限にコンテニューが出来るような人を相手にしても私の時間が勿体無いだけ。生憎様、あなたほど暇じゃ無いのよ、私」
「だよね~。と言う事は~?」
グリムソウルの催促に答えるように、ノベレットは指を立てて続ける。
「二つ目の方法はあなたの所持する魂の一つとなり、内側からあなたの魂を見つけそれを破壊する。そうすればあなたはあっさりと死ぬ。そうよね?」
「ご明察! いやぁ、大魔法使いは凄いなぁ。たったこれだけの接触で看破するんだもんなぁ」
そこでグリムソウルは咳払いをすると改めてノベレットを睨んで低い声で続けた。
「だったら俺の所持する魂の一つなる……これの指す意味、分かってるよねぇ?」
「えぇ。死ぬば良いのよ」
「はは。分かってる分かってる。だけど、お前の魂をみすみす俺が所持すると思う?」
「そもそも私がお前の為に死んでやると思う?」
そこで互いに睨み合って一言も話さない時間が流れる。二人ともおどけたように振る舞っていたが、琥珀は確かな戦慄を感じていた。
そしてその均衡を破ったのは、ノベレットでもグリムソウルでも、はたまた琥珀でも無かった。
唐突に現れたその人物は駆け抜けるようにこの場を走り抜け、琥珀の手首を掴んでまた駆けて行く。
「逃げるよ!」
引っ張られるように連れられて走る琥珀が、その声に反応してなんとか顔を上げる。
「お、弟様!? どうしてですか!?」
そこに居たのは、時雨だった。
「説明は後で! 今は逃げるよ!」
時雨は前を見つめたまま答えた。