十七話『私が主人公である証明』
「さぁ、立ちなさい」
金髪の女性は琥珀に肩を貸して立ち上がらせると、そのまま琥珀の膝を優しく叩く。
そしてこの場を去ろうとしたその時、護衛の男が女性の肩を掴んだ。
「あまりにも堂々としているから関係者かと思えば……お前は何者だ」
「見てなかったかしら? 研究施設から出てきたのよ? 私。少なくともあなたよりはこの物語にとって重要な人物なのは、誰が見ても理解出来る事だと思うけど?」
「俺はお前の顔など見た事無い。故に新人ならば辻褄が合うが、どうやら違うようだな?」
「ほら私、レアキャラだから。あなたが知る由も無いわ」
「何を訳の分からない事を。関係者ならばそれを証明してみせろ」
男はそのまま女性の肩を強く押し飛ばす。対して女性はにやりと笑うと、
「そうねぇ……。関係者としての証明は出来ないのだけど、あなたがモブで私が主人公である証明は出来るわよ?」
そう言って素早く杖を取り出し、それを男に向けて言った。
「便利魔法『アブラカタブラ』」
すると杖の先で男を操作するように、男の体は宙に浮き始める。そして男が動揺していると、次の瞬間には、突如として男は小さく圧縮されるようにこの場 から姿を消していた。
それを見て周囲の研究員達が、蜘蛛の子のように散って行く。
何が起きたのか良く分からなかった。琥珀は何度も目を擦る。
「こう言った万能な魔法ってほんと便利よ。あなたも覚えておくと良いわ」
女性は意気揚々として言った。
この女性は何者なのだろうか。高い実力を備えて居る事だけは分かった。
もしかして、このまま助けてくれるのだろうか。しかしそうだとしても、得体の知れない人間に易々と着いて行く物では無いとは思う……が、このまま学園に拘束されるよりは希望はあるだろう。と琥珀は自身に言い聞かせ、この女性の後に着いて行った。
「それであなたは何者なの?」
「魔人を滅ぼす者よ」
学園内の喫茶店。
学びの園と言うからには、それなりに肩苦しい印象を持っていたが、実際は外の世界となんら変わらない生活を送っているようだった。
琥珀はミックスジュースのストローをくわえながら女性を見つめる。
女性から見ればそれが困り顔に見えたのか、少し微笑んで捕捉した。
「名前はノベレット。それなりに……いや、相当有名なのだけど聞いた事無いかしら?」
「……知らない」
「そう残念ね。元最高理事長。現大魔法使い。まぁ平たく言えば私は学園の人間なのよ。分かった?」
「分かった。それで学園の人間がどうして学園の人間を裏切り、さらに私を攫い、こうして喫茶店で卓を囲んでお茶すると言う今に至っているの?」
「あなたが選ばれし者だから」
そこでノベレットと名乗った女性はコーヒーカップを手に取る。
そしてその薫りを数秒嗜んでから口に運んだ。こくん。と喉の奥へコーヒーを一思いに流し込んだノベレットはどこか恍惚な表情を見せる。
「やはり主人公たる者、コーヒーの一つや二つをたしまないと駄目よ?」
「……どう言う意味? コーヒーの事じゃなくて、私が選ばれし者と言った方の意味」
「あなたも鈍感なのね。まぁもっともそれは、観測者の為の言葉なのでしょうけど」
「ちょっと何言ってるかさっぱり分からないです」
「要するに学園内にも派閥があって、あなたを魔人に連なる人間として危険視している派閥もあれば、それを利用して魔人を討伐出来ると打算する派閥もあるの。あなたが選ばれし者だと言うのは、私が後者に属する者だからよ」
「でも……だからってあんな扱い……。人権もくそも無いと言うか……」
下を向く琥珀。怒りを感じている……と言うよりは落ち込んでいる様子だった。
ノベレットはテーブルに両肘を乗せると、指を組んで答える。
「許して。とは言える立場では無いのだけど、どちらの派閥も魔人の脅威を退けたいだけなの。その思いだけは汲んであげて欲しいわ。だってあなたも、その被害者なのでしょう?」
「そう……だけど」
「そうね。だけど私はあなたに無理強いさせるつもりは無いわ。もし魔人に……報いを受けさせたいと。心からそう思った時、もう一度学園を訪れてくれないかしら?」
「逃がしてくれるの……?」
琥珀の問いに対してノベレットは静かに立ち上がる。そしてそのまま琥珀の頭に触れると、喫茶店の出口に向かいながら答えた。
「逃がすも何もあなたの自由よ」
この後、ノベレットの宣言通り琥珀は学園から解放される事になる。