十六話『そして伝説に……』
「ここは……」
次に琥珀が目を覚ましたのは、暗闇の中だった。
きっと今は夢の中ではない。感覚からそれはハッキリと分かる。それに、
「車……?」
先程から感じているこの独特の揺れは、かつて白雨と共に乗った車その物だった。
しかしどう言う訳か、窓は一つも無い。
そこで琥珀は自身の置かれている状況を改めて理解した。
「護送車……? って事かな」
薄暗いながらも周囲を見渡せば不自然な程に広い。
きっとそうだ。今、正しく学園へと運ばれている途中なのだろう。と琥珀は深い溜め息をつく。
「私……何してんだか」
体はボロボロ。心もどうして生きていらているのか不思議な程にズタズタ。今、自身が生きる糧にしている事は、醜い復讐心。
人としての価値も、女としての価値も無い。何も残されていない。
目標も無ければ、どうして生きていけば良いのかも分からない。
いっその事、このままここで舌を噛み切って死んでしまった方が幸せなんじゃないかとさえ思える。
滑稽だった。
「うううう……」
知らず知らずに声が漏れる。まだ泣く事ができた事が驚きだった。
目を擦れども擦れども、涙は止まらない。ひっくひっくと肩を揺らして琥珀は泣く。
不意に車のエンジンが止められた。そして同時に光が中を眩く照らし、琥珀は自然と目を細めてしまう。光を腕で遮りながらも顔を上げると、既に護送車の扉が開かれていた。
「おい。出ろ」
冷たい声で下される指示。
涙をそのまま腕で拭い、外に出る。するとそこは、
「ここは……」
病院だった。
どうしてこんな場所に。と半信半疑になって辺りを見渡すも、白衣を着た人物を見つけ疑問は確信へと変わる。
そして琥珀の問いに、護衛の男が答えた。
「ここは病院と同時に研究施設でもある。ここでお前は診査を受けて貰う」
「どうして……?」
「さぁな。俺の知る事じゃない。進め」
乱暴に肩を押されて琥珀は前進する。睨み返してやったが、男はさらに乱暴に肩を押すだけだった。
「おら。さっさと歩け」
「分かってるわよ」
前を向いて大人しく進む。
目前には数人の研究員らしき人物と、何やら厳めしい機械……それに繋がれるゲートがあった。そしてその奥に、研究施設とやらの入り口が見えた。
まずは何をされるのか。そう思う琥珀を察してか、男は続けて言った。
「あれは魔法陣を読み取る装置だ。お前があの中を通り抜けるだけで、お前の全てが筒抜けになる」
「へぇ……。見られても困る事は無いけど、見ても気分が良い物じゃないと思うよ」
「……そんな人間をここの職員は嫌と言うほどに見てきている。そんな人間しかここへは連れて来られない」
「どう言う意味?」
「言葉のまんまさ。行け」
押し込めるようにして、男は琥珀を押し飛ばした。
そしてすぐにゲートのランプが赤く光り、近くにあったモニターに何かが写される。
それを見て、男はゆっくりと読み上げて言った。
「琥珀……グリムソウル……白雨……ハイドラ……?」
男の疑問文に、周囲の職員も頭の上に疑問符を浮かべる。そしてその疑問をぶつけるように、強い口調で続けた。
「どうして二人の名があるんだ! それに生命反応も二つある! お前はなんなんだ!」
しかしすぐに何かを察したのか、男は琥珀を指差して今度は冷たい声で言った。
「あぁ……お前、子を孕んでいるんだな」
「子……供……?」
それを聞いて琥珀は顔を青ざめさせていく。
衝撃的な台詞だった。しかし思い当たらない節は無い所か、思い当たる節しか無かった。
自身の腹を撫でて膝をつく琥珀。
どうしてこんな事になったのか。そんな思考回路しか働かない。
研究員達はまだ何かを話しているが、もう何も聞こえなかった。
「どうして……」
なぜこれほどの不幸に合わなければならないのか。何を悔やめば良いのか。
力が抜けたようにぺたんと座り込んで俯き動きもしない琥珀。そんな琥珀に新たな一人の人物がすぐ隣に立った。
「噂は本当だったのね。グリムソウル。忌々しきその名をまた聞く事になるとは……」
漆黒のドレス。金髪の女性。琥珀が重い顔を上げてその女性を見上げると、どう言う訳か女性は楽しげに笑って言った。
「休んで居る暇は無いわよ。今からあなたは英雄になるのよ? 息を潜める魔人の生き残りをあぶり出し……滅ぼす。そして伝説に……ね?」