十四話『良くもまぁ、根拠もないのにこんな暴挙に出られたものだ』
「良いか? 良く聞くんだよ? ……残念だけど、琥珀ちゃん。君とはここでしばらくお別れ……だ」
「……」
「なに理由はすぐに分かるさ」
そこで琥珀はグリムソウルの手を無理矢理引き離す。
「ほんと勝手ね」
「勝手なのは琥珀ちゃんの方じゃないか」
「どう言う意味?」
「言葉のまんまさ。君は無実な人間を手に掛けたんだから」
「テア家の事? だったら私の親を狙ってんだからお互い様よ」
「だったら良かったのにねぇ……」
「だからどう言う意味よ!!」
力任せにグリムソウルを引き離して琥珀は苛立ったように言った。
対してグリムソウルは琥珀に背を向け、この場から離れながら答える。
「琥珀ちゃんの殺したテア家ねぇ。琥珀ちゃんの親を狙っていたテア家じゃ無いんだよねぇ」
「……どう言う……こと?」
「つまりはねぇ……同姓の赤の他人だった……と言う事。良くもまぁ、根拠もないのにこんな暴挙に出られたものだ。あーあ可哀想にねぇ。子供を一人置いて来たんだろう? 泣いてるだろうなぁきっと」
遠ざかっていくグリムソウルの手首を掴んで琥珀は尋ねる。
「……昨日迎えに来なかったのは、面白がってわざと来なかったのでしょ」
「言ったろ? 女漁りに必死だったんだ」
「このくず……!」
拳を固く握り締める琥珀。
「じゃあな」
「まだ話は終わって居ない!」
止めようと手を伸ばしてグリムソウルの後を追い掛けようとするが、その前に立ち塞がる者が居た。
「君、ちょっと良いかな?」
先程、野次馬の中に紛れて見た制服を着た人間だった。
琥珀はその人物を無視するように進もうとするが、制服の人物は頑なにそれを許さない。琥珀は苛立ちを全面的に出して尋ねる。
「なに? ちょっと急いでるんだけど」
「君に逮捕状が出ているんだ。大人しくして貰おうか」
そう言って制服の人物は、一枚の紙にしては少し立派な逮捕状を琥珀に見せ付けた。
「なんで……」
思わず目を丸くする琥珀。
さすがに対応が早すぎる。グリムソウルが根を回したのか。だとすれば、何の目的があってそうしたのか。
そうして混乱するも、その中で一つ確かな物はある。それは、その真意を確かめる為にもここで捕まる訳にはいかないと言う事だ。
「力……借りるわ」
フリーレンの力を失い無力な琥珀がここで抗うには、屈辱的にもハイドラの力を使うしか無かった。
自身の求める気持ちに答えるように急速に魔力が満ちていくを感じる、震える手の平が熱くなっていく感覚を覚える。
そうして琥珀の手に突如として赤い剣が音も立てず現れた。そしてそれを固く握り締めて振り上げた所で、あろう事か剣は既にあっけなく手元から弾かれていた。
手が痺れる感覚が、琥珀を支配する。その中で琥珀が唯一出来た事は剣を弾いたものの正体……それを確かめる為に背後へ振り向く事だった。
「ふぅ。危ない危ない。また無闇に命が奪われる所だった」
そこでは痩せ細った男性が額の汗を腕で拭っていた。
恐らくこの男性が剣を弾き飛ばしたのだろう。琥珀は男性のその窶れた顔を睨んで尋ねる。
「何よ。なんで邪魔をするのよ」
「え……? なんでって……。今、君が剣を振り上げたから……かな? だって止めないと、衛兵を殺めて居ただろうから……」
「別に私に構わなければ何もしない」
「うーん……。そうもいかない。危険分子を私の国に野放しにする事も出来ないからね」
「私の国……?」
「そう。フラワーカルティベイトは私の名だ。君は……琥珀で良いのかな? それと逮捕状は我々が発行したものではないからね?」
「どう言う……意味?」
「逮捕状を発行したのは、学園。私共は君の拘束、そして身柄の引き渡しが目的なんだ」
「……」
なぜ学園からお尋ね者にされてしまっているのか。心当たりと言えば、この体を奪われていた空白の時間。そこにあるとしか思えなかった。
ならば尚更逃げなければならない。なぜ犯してもいない罪で自分が捕らわれなければならないのか。
ここで人を殺したのは事実。しかしそれが理由じゃないと言うのであれば、大人しく捕まる義理
は当然無い。
琥珀は拳を握り締めて、男性へ飛び掛かった。
しかし男性は琥珀がそうすると分かっていたかのように……笑っていた。
「学園には当然引き渡す。しかし我が無実の国民を殺めた罪もまた……重いのだぞ?」
急接近する琥珀へ向けて男性は手の平を向ける。
するとそこから突如として現れたイバラの蔓によって、琥珀の肩は意図も容易く貫かれた。
声に鳴らない叫びを上げる琥珀。
そうしてそのまま地面に叩き付けられる琥珀に、男性は悠然と歩み寄ると剛柔なイバラの蔓を琥珀の肩からそっと抜き取って言った。
「うちで裁きたいが、学園が相手ならばそうも言っていられないからね。感謝するだな学園に。うちの罰はきついんだぞ。食虫植物ならず食人植物の餌にしてやるんだからな」
琥珀の意識が急激に薄れていく。
それを確認してか、男性はこの場から立ち去りながら言った。
「毒さ。死にはしないから安心するが良い」