十三話『君とはここでしばらくお別れ……だ』
「琥珀さん!! 琥珀さん!!!」
朝。それはもう悲鳴と言っても差し支え無いような声に琥珀は起こされた。
同時に扉を何度も叩く音がする。
少年だ。
その慌ただしい様子の少年を他所に、琥珀はゆったりとした動作でベッドから立ち上がった。
「はーい。今行きまーす」
どうして少年がこれほどに動揺しているのか。琥珀には思い当たる節しか無かった。
琥珀は扉を開ける。そして、
「どうしたの?」
そう白々しく尋ねた。
その問いに答えたのは、流れる涙と垂れる鼻水を気にする余裕もない少年だった。
「父上が……母上が……!!」
「……が?」
「あああああああうう……!!」
そこで崩れ落ちる少年。
しかし琥珀はそんな少年を気に掛ける事もせずその場で失笑を浮かべると、そのまま少年の隣を通り過ぎて行く。
「昨日はお世話になりました」
「琥珀さん……!! 僕はどうしたら……! 何か……知ってませんか……?!」
「ごめんね。何の話をしているのかさっぱり。ただ、一大事なのは分かったよ。だから旅人である私は顔を突っ込む気は無いの」
迫真の少年に対して、琥珀は吐き捨てるようにそう言ってこの場から去って行く。
そうして屋敷に残されたのは二つの冷たい死体と、一人の少年の悲痛な叫びだった。
テア家の屋敷を出て、琥珀はまず腕を上げて体を伸ばした。
「案外あっさりだったなー」
思い残す事はもう無い。後悔も無い。けれでも一つ疑問に感じた事はあった。
「ただそれにしても私の親を狙った理由を尋ねても知らぬ存じぬだったのは意外だったなー。もしかしたら他の組織が関与してたりして……まぁどうでも良いか」
特に気にしてもいない事を、大きな独り言として漏らしながらとぼとぼと歩いて行く。
ひとまず目標は達成された。そこからは強い満足感が得られているが、裏腹にこれから何をすれば良いのだろう。と言う虚無感もより一層表に強く現れて、少し不安になる。まぁそこは追い追い考えるとして、それにしても結局グリムソウルは昨日の今日まで姿を見せなかった。奴も奴で何をしていると言うのか。腹立たしい事この上ない。
なんにしてもこのままでは行き先も決められず、ただふらふらするしか無い。どうしたものかと辺りを見渡す琥珀だったが、そこで小さな違和感を覚えた。
「……?」
テア家に向かって無数の人が移動している。
野次馬の中に混じって制服を着ている者も居る事から、保安機関や救助隊の人も駆け付けているのだろうか。
あのテア家の末っ子も泣いているばかりの子供かと思えば、意外と適切な対応が出来ている。
さっさとこの場から離れるのが吉か。と足早に移動する琥珀に、興味深い会話が風と共に届いた。
「殺されたらしいわよ」
「物騒ねぇ」
何の変哲もない井戸端会議、とでも言うべきか。主婦らしき二人の女性がこそこそと話をしている。
それだけならば琥珀も早々にこの場から去っているだろう。が、主婦の放った次の言葉が、琥珀の足を止めた。
「間違われたのかしらねぇ」
間違い……? 間違いで殺人を起こすなど、これだけ聞けば何の話をしていのかさっぱり意味の分からない内容だった。
琥珀は女性二人から距離を置きつつ耳を傾ける。
「やっぱり? 私もそう思ってのよ。いやぁ、いつかこうなるんじゃないかとずっと思ってたわ」
「うんそうよきっと間違われたのよ」
女性二人の疑問が確証も無いのに確信へと変わっていく。
しかしどう言う意味なのか。理解が追い付かない琥珀は、眉を潜めて考え込むが、それを阻害するかのように聞き慣れた声が背後から語り掛けた。
「久しぶり琥珀ちゃん。殺ったんだねぇ」
「……グリムソウル!」
慌てて振り返る琥珀の背後にグリムソウルは素早く回り込むと、そっと琥珀の口を塞ぎ、そのまま耳元で呟くように続けた。
「良いか? 良く聞くんだよ? ……残念だけど、琥珀ちゃん。君とはここでしばらくお別れ……だ」