十二話『琥珀。ただの琥珀』
「立派な屋敷だね。これほど大きな屋敷に何人家族で住んでるの?」
あれからテアの屋敷に招待された琥珀は、その門の外から屋敷をまじまじと見上げて言った。
テアと名乗った少年は、大きな黒い門を重たそうに開けると、どこか寂しげに答える。
「母上と父上と僕だけだよ。昔はお姉ちゃん二人とお兄さんが居たんだけどね」
なるほどね。と小声で返す琥珀。
しかし今の琥珀にとって少年の寂寥感など、どうでも良かった。
重要なのは今この屋敷に何人のテアが住んでいるのか。ただそれだけ。
琥珀は自然に漏れそうになるにやつきを誤魔化すように……それも少年に同調するかのように優しげな微笑みを重ねて言った。
「そうなんだね。だから旅人に……」
――話を聞いて寂しさを紛らわしているんだね。と、心の中で続ける。
少年は優しく微笑んでくれる琥珀を良く思ったのか、ぱぁっと笑顔を浮かべて尋ねた。
「おねぇさん! 名前は?」
「琥珀。ただの琥珀」
「そっか! よろしくね! 琥珀さん!」
少年によって玄関の扉が開かれる。
「こちらこそよろしくね」
少年の言う姉の二人は確認済みだ。しかし兄とやらが不在だったのが残念で極まり無い。両親は今晩にでも殺すとして……機会があれば兄も殺す事にしよう。
そんな事を考え、琥珀は玄関へ静かに足を踏み入れた。
それはそうと、こんな末っ子一人の独断で旅人を泊めて、果たして許されるのだろうか。
広い屋敷を案内されながら琥珀はふと疑問を感じた。
今までもこうして旅人を泊めてきた口振りから、きっとそこは問題ではないのだろうが……。と、首を傾ける琥珀は、意気揚々と前を歩く少年に一応尋ねる事にする。
「両親の許可は貰ってるの? 中を案内してくれるのは助かるけど、先にご両親に挨拶しておいた方が良くない?」
「大丈夫だよ! いつも母上も父上も歓迎してくれるんだ。フラワーカルティベイトの魅力をもっと色んな人に伝えたいって!」
「そ、そっか。なら安心かな」
仮に親に否定されたとしてもその場で殺すだけ。琥珀は聞こえない程度に溜め息を付くと、改めて屋敷の中を見渡した。
いかにも貴族。簡潔に表現するならば、その一言に尽きるような屋敷だった。
「ここが両親の部屋だよ! 一応、親に報告するね!」
どこか上の空状態の琥珀に、少年はそう言ってすぐ前の扉をノックする。
すると返事と共に扉が向こう側から開かれた。
「おぉ、おかえり。今日は客人と一緒かな?」
「ただいま帰りました、お父上様。こちら琥珀さんです。宿が見つからなくて困っているようで」
少年の紹介と共に父親の視線が琥珀に向けられる。
「おぉ。そうかそうか。ここは良い所だろう。ただ、観光客が多くてな。どこも満席で宿を見つけるのは困難だったろう。こんな場所で良ければゆっくりしていってくださいな」
微笑む父親はなんとも人の良さそうな人相をしていた。
琥珀は会釈をして返事をする。
「助かります。ありがとうございます」
「食事はもう済ませているのかね?」
「はい」
「そうか。それは残念だ。では後は部屋でくつろぐと良い。さ、お客様を案内して」
そう言われて少年が、再び琥珀を先導するように歩き出す。
本音を言えば空腹だった。しかし食欲は不思議な程に無かった。
「お母さんは?」
「たぶんご飯を作ってくれてるんだと思う。琥珀さんは先に部屋で休んでてよ。ご飯を食べ終えたら話を聞きに行くからさ。あ、それはそうとうちに何か用事があったんじゃないの?」
「そー……れは、また朝に改めるよ」
「ふーん。分かった! それじゃ!」
そうこうしている内に案内された部屋の前で、少年と別れる琥珀。
そうして食事を済ませた少年と、後に他愛ない会話をして、今夜は解放された。