十七話『何言ってくれてるんですかー!?』
「だから誤解なんだ!」
厨房で洗い物をする少女の横で、腕を広げる少年は必死になって弁明していた。
他のメイド達が、困惑しながら二人をチラチラと見ている。
少女はその視線が気になって仕方がなかった。
ただでさえ少年のお気に入りと言う事で、他とは違うデザインのメイド服を着せられ注目を集め、今でこそ和解したものの、一度は敵対していた事もあった。そんなメイド達の中でこれ以上目立つのは懲り懲りである。
ましてや今、今朝あった事を話されて良からぬ噂が立とうものなら、それこそ完全に居場所を失ってしまう。
中には少年とお近づきになりたいと思っているメイドが居る事を忘れないで欲しいと思う少女だった。
そして少年の話がこれ以上飛躍していく前に、少女は受け答えして上げる事にする。
「分かりましたから、もうお部屋でおくつろぎ下さい。後でデザートをお持ちしますので」
少女は淡々とそう言うと、洗い物を済ませそのまま次の仕事に移ろうとする。
許してくれているようには見えなかった。
焦る少年は汗ばむ拳を握りしめ、少女の背に向かって叫ぶ。
「聞いてくれ! 実はお前を傷付けまいと黙っていたが、本当に俺は捲り上げていないんだ!」
捲り上げる……? と話が見えてこないメイド達がざわめく。
少女もいきなりの核心に迫る発言に思わず硬直してしまった。
これ以上好き勝手に話させる訳にはいかない……! 何か手を打たなければ……と思う反面、少年の放った意外な言葉に少女は思考を停止してしまう。……もし少年の言葉が本当であれば、寝間着を捲り上げたのは誰なのか。
考えられるのは、やはり寝相の悪い自分が自ら捲り上げたと言うなんとも間抜けな結末。少年が犯人で無いと言うのであれば、もはやそれしか思い付かない。
そうなれば真に変態なのは……自分だと言う事になる。
「そ、それは本当ですか……?」
メイド達に悟られないように必要最低限の言葉で情報を引き出す。
どうか少年も、自分の立たされている状況を察してくれる願って。
「あぁ、お前が自分で服を捲り上げてたぞ。俺はそれを絵にしたに過ぎん」
願いは通じなかった。
メイド達のざわめきが大きくなるのが、少女の鼓動をも大きくする。
ただでさえ昨日、共に寝た事が噂として広がっていると言うのに、これでは火に油を注いでいるのと何ら変わらないじゃないかと冷や汗を流す少女。
一部のメイドの視線が、睨みに変わっているのを感じる。
寝ただけで飽き足らず、自ら服を捲り上げられたなどと断片的に聞けば、良からぬ方へ想像されても何もおかしくはない。
少女は苦笑いしか出来なかった。
「あなた様……!」
「ん? どうした?」
「契約の力で寝かしつけてください。もしくは記憶を消したりとか出来ませんか?」
何を口走っているのだろう。と自分でも思う。
少年も不思議そうな表情をすると同時に、心配そうな眼差しで少女を見つめていた。
「ま、まぁ……そんなに恥じる事でも無い。一夜限りの過ちだ。そうだろう?」
「何言ってくれてるんですかー!?」
と言うのはさすがに堪える事が出来なかった少女の腹の底から出た声だった。
そのまま少女は慌てて少年の後ろに回り込むと、その背を押しながら続ける。
「た、確か次のご予定は弟様との面会でしたね……! 何かあってからでは遅いので、どうかご一緒させてください!」
何かがあったようにしか見えないのは、むしろ自分の方だろうな! と少女は心の中でやけくそ気味に突っ込む。
とにかく今はここから逃げ去りたかった。
今でこそ黙っているメイド達だが、きっと少年が去った後にこれでもかと言うほどに問い詰めてくるだろう。それが容易に想像出来るからこそ、さっさとこの場を離れたかった。
少年も少女に言われるがまま厨房を後にしつつ、返事をする。
「あ、あぁ。別に構わんが……」
もはや勢いしか少女に残された道は無かった。
「でしたら今すぐ行きましょう!」
そうして少女と少年が去った厨房では、メイド達の話し合いが盛んに行われた。