十話『すごく大事で重大で大切で重要な事なんだよ』
「おー。良いねぇ。良く似合ってる」
「……ふーん。これがあなたの趣味なのね」
小さな試着室のカーテンを開けて、グリムソウルの選んだ衣服に身を包む琥珀は自身の体を見下ろしながら呟いた。
どうやらグリムソウルはモノクロな色調が好みらしい。
グリムソウル本人の服装と同様に、琥珀に与えられた衣服は黒いロングスカートにモノクロのシャツと実にシンプルな物だった。
綺麗に収まった服装ではあるのたが、はっきり言って琥珀自身の好みからは大きく離れている。どちらかと言えば、可愛い服を所望したい。
琥珀は不満げに試着室を出ると、じっとグリムソウルの顔を見つめて言った。
「シャツだけ選ばせてよ」
「え……。俺の選んだ服、気に入って貰えなかった?」
微妙に残念そうに尋ねるグリムソウルに、琥珀は黙って首を縦に振る。
そこでグリムソウルは額を押さえながら天井を眺めると、少し不服そうに答えた。
「分かった。好きなの持っておいでよ」
「いいの? やたっ……!」
と、小さく跳ねてガッツポーズをする琥珀は早速、大量に並ぶシャツに目を通していく。
なんだかんだこうして服装を選ぶ事に楽しさをまだ見出だせてる事実に、琥珀自身も驚きだった。
そうしてしばらくして駆け足で戻ってくる琥珀が選んで来たのは、白い七分丈のティシャツだった。
琥珀はそれをグリムソウルにさっと見せると、そのまま試着室へと消えて行く。
「なんだ俺の選んだ服と大差ないじゃん」
と、グリムソウルはより不服そうにするが、すぐに試着を済ませてカーテンを開けた琥珀の胸元には、猫の顔のイラストがプリントされていた。
「これ可愛い……!」
「ふーん。これが琥珀ちゃんの趣味かぁ。不細工な猫だなぁ……。まぁ良いよ。それ、買ってあげる」
嬉しげに何度も頷く琥珀に背を向けてグリムソウルは会計へと向かう。
この時ばかりは、グリムソウルの後に続いて行くのが楽しかった琥珀だった。
「さ……て。じゃあ俺行くわ」
服屋を後にしてすぐに、グリムソウルはやや早口気味でそう言った。
琥珀は片手を上げて別れを告げるグリムソウルを、冷ややかな目で睨んで答える。
「……へー。やけにそわそわとしてるみたいだけど? そんなに大それた事でもあるの?」
「いや? 女、漁りに行くだけだよ」
「はぁ最低……。ねぇ、男ってみんなそうなの?」
「いやいや、すごく大事で重大で大切で重要な事なんだよ、これが」
そこで琥珀はしばらく言葉を失ってしまう。そしてすぐに、この会話が無意義であると判断してか、首を傾けて話題を変えた。
「私、テア家の場所知らないんだど……知らない?」
「知らないなぁ。住宅地はあっちの方だから、まぁ後は頑張ってよ」
そう言ってグリムソウルは琥珀の背後の方角を指差す。
なげやりな態度だなぁ。と琥珀はグリムソウルが急いでいるのを察してか、
「はいはい。ありがとうございました」
と、少し苛立ったように返して、すぐにこの場から離れた。