九話『こいつとも領内ではおさらばか。口元が寂しいねぇ』
「さぁここからは歩きだ。領地内への車での侵入は固く禁じてるってさ」
シートにもたれ掛かって伸びをするグリムソウルがそう言ったのは、車を駐車場に止め終えた時の事だった。
そこでエンジンを切り、グリムソウルは煙草に火を着ける。
途端に静まりかえる車の中に、琥珀の疑問の声が響き渡った。
「どうして?」
「なんだか排気ガスが植物に良く無いんだってね。俺としては、空気を綺麗にするのが植物と思っていたから本末転倒だと思うんだけどねぇ」
琥珀の質問に答えながら、ゆったりとした動作で車から出るグリムソウル。
そこでしばらく煙草を嗜むと、吸い終えた煙草を弾くように地面に落とす。そして、どこか名残惜しそうに煙草を踏み潰した。
「こいつとも領内ではおさらばか。口元が寂しいねぇ」
そうして琥珀も続いて外に出ると、また一段と気温が上がっていた。
「暑い……」
「おっとそうだ。忘れる所だった」
「なにを……?」
「ここで服を買ってやるよ」
そう言われて琥珀は自身の服へと視線を落とす。
洗ったとは言え、そこには決して落ちぬ血の汚れが染み着いていた。
「……分かった。ありがと」
適当にそう答えて琥珀は改めて周囲を見渡す。
あの大橋を渡りきってすぐの場所に、この広い駐車場はあった。そして無数もの車がここに止まっている。
ここからフラワーカルティベイト内へと過ぎ行く人々からは笑顔が溢れていた。
きっとここは有名な観光地か何かなのだろう。そんな事は容易に想像できる。
そうして楽しげな表情を浮かべる人々を琥珀は目で追いかけながら溜め息を付くと、小さな拳を固く握り締めて呟いた。
「……辛いよ」
「綺麗な場所……」
その言葉は琥珀の口から自然と漏れていた。
午後のフラワーカルティベイトの街並み。そこでまずどこを見ても目に入るのは当然、丁寧に手入れのされた植物だった。そしてその植物達をさらに彩るかのように空にはガラスの屋根があり、地には人工的に作られた小川があり、それを一望出来る道や橋があり、その中を進んで通り過ぎて行く景色がなんとも美しかった。
今も周囲の景色に目を奪われながら歩く琥珀に、グリムソウルは声を掛ける。
「良い場所でしょ? 俺も好きなんだよね~、ここ」
「そうね」
うっとりするかのように琥珀は息を吐いて答えた。
植物園。そう表現するのが適切か。
実に幻想的な雰囲気を持つ街並みだが、街としての機能を放棄した訳では無いようで、その証拠にグリムソウルは前を指差して言った。
「あそこで服を買う。俺好みの女にしてやるよ」