七話『私は……琥珀……』
「敵討ちってどう言う事?」
琥珀のその疑問はグリムソウルでは無く、少女に向けられた物だった。
身に覚えがない。と言えば嘘になるが、心当たりはまったく無かった。
自然と首が傾く琥珀に、対する少女は剣の切っ先を向けて答える。
「家族!」
「家族……?」
怒りを全面的に表情に出す少女が何者なのか。先程から思い出させそうで思い出せなかった。
だったら、やっと話せる状態にもなった事なので素直に尋ねる事にする。
「ねぇ。君の名前は?」
「テア」
「あ……。あぁ……」
なるほどね。と思い出せなかった理由がそこでハッキリした。
何故なら自身の知っているテアとは、既に亡き人物だったからだ。目前の人が誰なのか。思い出すのにわざわざ死人から探す人間など居もしないだろう。
だとしたら、テアと名乗るこの人物は何者なのだろうか。本人じゃ無いとしたら、どんな関係性にあるのか。
そうしてその事に関して尋ねるより先に、少女からの質問が返ってきた。
「あなたこそ誰なんですか? どうして王妃様そっくりの姿で、王妃様のご家族を殺したのですか」
「王妃様って……誰?」
「琥珀ハイドラ様です。知らないなんて事は無いですよね?」
「……!」
琥珀は思わず目を丸くする。そしてその瞬間、頭の中が真っ白になる。その中で唯一浮かんだ言葉は、一人の人間の名前だった。
「し、時雨君の命令……なの?」
「うん。そうですよ。時雨様は、偽物を追うように命令された。……ねぇ……お前は何者なのですか」
「私は……琥珀……」
「はぁ。口を割る気は無いみたいですね」
そこでテアは改めて剣を構え治す。
琥珀は身構える事もせず尋ねた。
「それで……私を殺しに来たの?」
「いいえ。時雨様はあなたを捕らえるようにと仰ってました。真相を確めたいとか。……私としては時雨様の平穏を脅かす存在であるお前は、殺してしまっても良いと思ってるんですけどね」
「あぁ……うん……」
返ってきた答えにまたも魂が抜けたように適当に返す琥珀。
時雨君は優しいな。と、テアの話を聞いてそう思えた反面、どうして本物である自身が幸せになれなかったのだろう。と向けようの無い怒りがふつふつと沸き上がる。
俯きかける琥珀はそこで突如として顔を上げると、
「だったら私もあなたを殺しても問題無い……よね?」
見つけた怒りの矛先を睨み付け、低い声で続けた。
「だったら私もあなたを殺しても問題無い……よね?」
そう言って見て、思い立ってみれば既に幕は引かれていた。
「……し……ぐれ……様……」
目前ではテアと名乗った少女が、声に鳴らない叫びを上げている。
結局、何者だったか聞けずじまいになってしまった。
琥珀は小さな溜め息を付くと、テアの胸に突き刺さっている赤い剣を抜き取る。
その瞬間、赤い液体が塞き止められていたかのようにドッと溢れ出した。
それを浴びて琥珀は再度溜め息をつくと、倒れるテアに合わせて視線を落としていく。
しかし、
「あーあ。また服汚しちゃったなぁ」
琥珀の興味は既に自身の衣服に移っていた。
自身の服を一瞥して、滴る血液を面倒臭そうに振り払う。
そこへ、何事も無かったかのように話し掛けたのはグリムソウルだった。
「俺好みの服を買ってやるよ。そろそろ温かい地域に行きたいと思ってたんだよねぇ。丁度良いだろう?」
「そうね。それで? 私の親を狙っていたのは誰なの?」
「ん? テア家だけど?」
「……やっぱりね。このタイミング聞くから何かあるとは思ってたけど……。だったらもう一つ尋ねて良い?」
「水くさいなぁ。なんでも聞いてくれよ」
「こいつの本元って分かる? 分かるならそこは……温かい地域?」
赤く染まる遊歩道の中、冷たい声でそう尋ねる笑顔の琥珀に、グリムソウルも笑って答えた。
「あぁ。もちろん。……温かい地域だよ」