六話『そろそろこの旅に目的が欲しいと思わない?』
翌朝。琥珀は何事も無かったかのようにとある宿で目を覚ましていた。
グリムソウルに聞いた所、昨日は逃げ出した先で気を失ってしまっていたらしい。
もちろんそれが事実かどうかなんて定かでは無い。が、そもそも行き先も目的も明確に定っていない琥珀はどちらにしても、グリムソウルと共に宿を出てふらりふらりと旅を続けるしか無かった。
いつもと同じく、グリムソウルの前を率先するように琥珀が進んで行く。
遊歩道と言うのだろうか。草木に囲まれた細く長く続く道。そこを二人は一列になりながらも、会話を進めていた。
「昨日の今日だって言うのに、落ち着いているんだねぇ。琥珀ちゃん」
「……」
琥珀からの返事は無い。
これもいつもの事になりつつある光景だった。
それでもグリムソウルは、無視されている事をまったく気にしていない様子で話を続ける。
「そろそろこの旅に目的が欲しいと思わない?」
グリムソウルの対処法としては無視をするのに限るのだが、今の質問に関して同感だった。
琥珀は白い息を吐いて答える。
「……へぇ。例えば?」
「例えば……そうだなぁ……。もし、琥珀ちゃんの親を追っていた人物が意外な人物だったらどうする?」
「別に興味無いかな」
ばっさりと言い捨てる。
横目で後ろを歩くグリムソウルを確認すると、いつものようにヘラヘラと笑っていた。
何が目的なのか。何がしたいのか。何を考えているのか。さっぱり掴めない。理解できない。
それからグリムソウルはただニヤニヤとしているだけで話を続けなかった。
故に琥珀も無視を続行するように前へ向き直した……その時だった。
「王妃様の偽物……! 見つけたっ……!!」
少し先で立ち尽くす少女が、何かを思い出したかのようにハッとしたかと思えば、徐にその手に握る剣を構えた。
「……?」
この子は何の話をしているのだろう。と怪訝そうにしながら琥珀は少女を足元から順に見上げていく。
そして改めて少女の顔を見つめた所で、そのどこか見覚えのある顔立ちに琥珀はより深く眉を潜めた。
「もしかしてどこかで……?」
「私はあなたなんて知らない」
「はぁ……」
他人の空似か。と気が抜けたように琥珀は返す。
対して駆け出す少女から返ってきたのは、握られる剣の一太刀だった。
「ちょ……! ちょっと! いきなり何よ!」
琥珀はそれを後ろに跳び跳ねて回避するも、少女からの追い討ちが話し合いを許さない。
「何が目的なの!?」
少女の連激を避けながらも琥珀は叫ぶ。
まだここがスラム街の近くだとしても、なんの突拍子も無く切り掛かってくる人間はやはり異常だ。
目的を尋ねても返事一つしないで剣を振るい続ける狂人に、本来遠慮する必要など微塵も無い。が、琥珀はやはり見覚えのあるその顔がどこか気になって反撃に移れなかった。
「ねぇ。あなたは勝てないよ? 抵抗しない相手に傷一つ付けられていない時点で、その事に気付かない?」
お世辞にも少女の剣さばきは達者とは言えなかった。
奇襲故に最初こそ面食らった物の、こうして改めて敵対してみると大した実力も備えていない事などすぐに分かる。
そうして諭されたからか、少女の動きが止まった。
これでやっと話が出来る。と琥珀が肩を下ろした所で、背後のグリムソウルが楽しげに言った。
「敵討ちに来たみたいだねぇ。彼女」
「敵……討ち?」
やっぱりさっぱり理解出来なかった。