五話『そうなんでしょ? 琥珀ちゃん』
「グリムソウル……! どうしてここに……!」
夫婦の死体の前で一人で佇むグリムソウルに、そう話し掛ける者が居た。
少女の声だった。グリムソウルは、その声のする方角へゆったりと向いて答える。
「君を待っていた。とでも言っておこうかな。探してたんでしょ? この夫婦」
グリムソウルのその言葉を聞いて、相手の人物は寝そべる夫婦に視線を移した。
そうして言葉を失うその人物に、グリムソウルは笑って続ける。
「あ、言っとくけどもちろん俺じゃないよ? 殺したの」
「じゃあ誰が!」
「教えてやっても良いけど、変わりに教えてくれないかな?」
「なにを……」
「この夫婦、追われているんだってね。誰に追われているのかな?」
「……テア家よ」
「あぁ……そう言う事。それで両親を保護しに来たんだね」
相手からの返事は無い。
そこで間を置かず、すぐにグリムソウルは続けた。
「そうなんでしょ? 琥珀ちゃん」
「どうだ? 琥珀。俺にも出来る事はあっただろう?」
得意気にそう言ったのは、目前で腕を組む白雨だった。
琥珀は思わず周囲を見渡す。しかし何度周囲を見渡そうが、案の定ここは夢の世界のようだった。
続けて、いつ眠りについたっけ?と白雨を無視するように自身の顎を撫でて眠る前の事を思いだそうとする琥珀だったが、還ってくる記憶は親を殺した時の惨たらしい情景ばかり。
すぐに琥珀は溜め息を付くと、改めて目の前の問題に視線を移した。
「あなたが何をしたと言うの?」
なにやら白雨は得意気だが、思い当たる節は一つもない。
冷たい無表情のまま首を傾げるが、白雨は変わらず得意気に言った。
「昨日、ハイドラの力を扱えただろう?」
「何の話?」
「お前が親を殺した時の話だ。お前は赤い剣で親を切り捨てたはずだ」
そう言って白雨はその手に赤い剣を出現させると、それを琥珀の足元の白い地面に突き刺すように投げ捨てた。
琥珀はその剣を一瞥する。
そしてはっきりとその時の事を思い出したが、
「さぁ? 知らなーい」
そう惚けたように返す。
対して白雨は、一瞬顔をしかめて怒りを面に出したが、すぐに冷静になって続けた。
「まぁ、なんにせよお前がハイドラの力を使ったのは事実。だから改めて俺と契約しようでは無いか」
「……契約?」
「そう。俺はお前にハイドラの力を差し出す。変わりにお前は……俺の復讐に協力して貰う」
「……やだよ。面倒くさい」
「まぁ、そう言うな。俺の言う復讐とはグリムソウルに向けたものだ。お前も恨んでいるのだろう?そしていずれは復讐しようと考えている。違うか?」
「……」
確かに白雨の言う通りだった。
実際のところ、グリムソウルには復讐しようと考えている。
そうなると白雨の要求にも自然と答える事になるし、そうするに置いてハイドラの力を扱えるのは何かと便利そうだった。
ましてや今の自分はフリーレンの力の失っている状態。そう考えると決して悪い取引では無かった。
しかし……しかし白雨の思い通りにすると言うのは、どこか癪に障る。そして、それが幼稚な感情なのは理解している。が、親を殺した時と同じく……感情のままに行動するのは実に気分が良かった。
「確かに復讐しようと考えているわよ。けど、あなたと契約は結ばない」
「な、なぜ!」
焦った表情を浮かべて困惑する白雨。その情けない顔が、琥珀をより気持ち良くする。
そして琥珀は、全身に広がっていく心地よい鳥肌を感じながら、恍惚した表情を浮かべて言った。
「あなたも復讐の対象だから」
「……そ、そうだろう……な。しかし、悪い話では――」
「――うるさいな」
白雨の言葉を遮る冷たい声。
その声に驚いて白雨が言葉を失っていると、琥珀はにやりとした笑顔を浮かべて続けた。
「まぁ、グリムソウルには復讐するつもりだし、力を貸したければ勝手に貸せば良い。わざわざ契約を交わすまでも無い。けどね? 一つ覚えて置いて。私が死ねばあなたも死ぬ。だけど、まだ時雨君の中で半身生きているあなたは、成仏も出来ずこの世をさまよう事になる。器を無くした魂がこの世をさまようのは、これ以上に無く苦しいものだと、グリムソウルに聞いたわよ」
「……」
困り顔の白雨からの返事は無い。
そんな白雨に、琥珀は捨て台詞を吐いて目を覚ました。
――どうするか。判断するのは、難しく無いと思うけどね?――