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四話『琥珀グリムソウル』

「お前……琥珀か……?」

「誰……ですか?」

 なぜ自分の名を知っているのだろう。と、真っ先に浮かんだ疑問は至極当然なものだった。

 そうして琥珀が困惑を隠しきれずに居ると、続けて妻も耳を疑うような事を口にする。

「やっぱり琥珀なのね?!」

「そう……ですけど……」

 確信めいた妻の気迫に圧されて、思わず後退りをしてしまう琥珀。

 失礼な事を言うが、こんなみすぼらしい格好をした夫婦の知り合いなど、どれだけ脳内の隅から隅まで探そうが見つかりもしなかった。

 これが今のスラム街の流行りなのだろうか。見知らぬ人間に、知り合いの振りをして近付き、お恵みを貰う作戦なのだろうか。

「私……あなた達の事なんて知りませんよ?」

 ここで弱気になっても仕方無い。と琥珀は少し強い口調で返す。

 腹立たしい事に、後ろで薄ら笑いを浮かべているグリムソウルは何の頼りになりそうも無かった。

 だったらここは、自分で対処するしかない。自分もスラム街出身だ。こんなやり口に引っ掛かるような間抜けでは無い。選ぶ相手が悪かったな。と、琥珀は意気込むが、そこで一つの疑問が浮かび上がった。

「どうやって私の名前を知ったのですか?」

 予めに調べて置いたのすれば、準備が良過ぎる。そこまでして、自身を標的にする理由が見つからない。だったら何故?

 琥珀が脳内で様々な可能性を考えていると、夫が想像を越える回答を出した。

「お前の名前を考えたのは私だ。琥珀。立派になったな」

 妻が歩み寄りながら続ける。

「本当に大きくなったわねぇ……」

 目を丸くして夫婦を一瞥する琥珀。良く似た茶色の髪に、良く似た瞳の色。

 集落出身の人間だと言われても納得の出来る特徴だった。

「そんな……まさか……」

 琥珀はそのまま背後のグリムソウルへ視線で助けを求める。

 変わらずグリムソウルは薄ら笑いを浮かべていたが、すぐに琥珀の背を押して小声で言った。

「ほら、お父さんとお母さんだって。せっかくの感動の再開なんだから胸に飛び込んでおいでよ」

「そんなはず無い!」

 動揺からか、思ってしまった事をそのまま口にしてしまう琥珀。

 視線を夫婦に戻すと、向こうも困った表情をしているではないか。

 しかし見れば見るほど、夫婦の身体的特徴が自身と良く似ている。それこそ二人を足して二で割り、若返らせれば、もう自身だった。

琥珀は首を横に振って後退りする。

 すると夫が、その場で膝を付いて言った。

「お前には悪い事をしたと思っている……信じられないのも無理ない。……だから無茶を承知で言うんだが……俺達ともう一度過ごさないか?」

 背後のグリムソウルが口笛を吹かせる。

 勿論、琥珀はグリムソウルを無視して言った。

「だったら……だったらなんで私を捨てたの……?」

「それは……私達が追われている身だったからだ……。お前を捨てたのでは無くて……隠したのだ」

「あんなスラム街に? ……私、一度故郷に帰りました。勿論、祖母にも会いましたよ。それこそ祖母に預けてくれれば良かったじゃないですか」

「違う! 違うんだ! 私もそうしようと思ったんだ! だが一度故郷を捨てた私達が、再び故郷に戻れる事は無かったんだ……」

「そう……ですか」

 そこで琥珀は黙り込んでしまう。

 思えばろくでもない人生だったが、それもこの二人によって始まった訳だった。今更、許しを乞われてもそれに答える気など、さらさら無い。

 ただ、追われる立場になるようなこの人でなしが、自身と同じでフリーレンの力を失っていると言うのは、笑えるほどに皮肉が聞いていると思った。

 琥珀は夫婦の隣を素通りしながら答える。

「まぁ、けど私を捨てた時点で私達の関係はそれまでですよ」

「琥珀!!」

 夫が慌ててその後を追い掛ける。

 それすらも琥珀は無視して前へと進んでいく。

「やり直そう! 私達は家族だ。きっと上手くやれる」

「……」

「なぁ、琥珀。もう一度チャンスをくれないか? 今度はちゃんと良い父親になれる」

「……」

「私達は家族だろう……?! 琥珀!」

 そこで琥珀は歩みを止める。

 そうして表情を明るくする父親に、琥珀は冷たい表情で振り向いて言った。

「お父さん。私の名前は琥珀グリムソウルです。フリーレンの名は捨てました」

 肩をすくめてキョトンとする琥珀。先程の動揺など既に無かった。

 父親は青くなる顔を左右に降る。

「ち、違う……! お前は自慢の琥珀フリーレンだ! そうだろう!?」

 そうして父親が琥珀の手首を掴んだ所で……琥珀はその手を乱暴に振り払った。

「うるさいっ!!!」

 父親が目を丸くする。それは何故か。琥珀の叫ぶような声に驚愕したからか。

 きっとそれもあるだろう。

 しかし一番の要因は、そうして挙げられた琥珀の手に、赤い剣が握られていたからだった。

「よ、よせ! 琥珀!」

「お前なんか……父親なんかじゃない!!」

 そのまま流れるように赤い剣が突き出される。

 そうしてその切っ先は、父親の胸を一気に貫いた。

「あなたっ!!!」

 妻が慌てて駆け寄る。

 それすらも琥珀は、躊躇う事無く切り捨てた。

 そうして動かなくなる夫婦の前で、琥珀は荒く呼吸する。

「はぁっ……! はぁっ……!」

 自身の胸を片手で押さえて、何かを堪える琥珀。

 そんな琥珀にグリムソウルは笑顔で言った。

「次の魂はこの二人かい? 自身の親の魂を搾取して生きながらえるなんて、皮肉なもんだねぇ」

 しかし唐突に、グリムソウルの言葉に返事もせず琥珀はこの場から一目散に走り去って行く。

 そうして残されたグリムソウルは、空をぼんやりと眺めて呟いた。

「面白い事になって来たなぁ」

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