Another final episode『ねぇ……私には何が残されているの……?』
「あーあ。琥珀ちゃん。悲惨だねぇ」
誰も居ない真っ白な空間で、一人男の声がする。
ただ黒く凝固した血液が散布するその部屋で、声の主であるグリムソウルは横たわる亡骸の前に屈んで頭部を撫でた。
「肉体ってなんなんだろうねぇ」
すぐにグリムソウルは立ち上がると、その亡骸に突き刺さっている赤い剣を抜き取り、さらに続ける。
「魂ってなんなんだろうねぇ」
そしてその問いに答える者が新たに一人。
「別々に考えるから答えが見付からないのよ。だるくグリムソウル。それらが合わさって一つの生き物なのよ」
「……フリーレン。お前こそ、魂の欠片を子孫に残すなんて真似してるじゃねぇか。まぁ、そのおかげでこいつを生き返らせてやれるんだがな」
グリムソウルは背後に立つフリーレンに振り向きもせずに言った。
フリーレンもまた、グリムソウルの背に向けて言う。
「これ以上、私の子孫を傷付けるのはやめて。私達は魔人。未来はもう、この子達に――」
「――消えろ。亡霊」
グリムソウルは赤い剣を背後に振るう。
既にそこにフリーレンの姿は無かった。
そして次の瞬間、口から血を吐いて琥珀が目を覚ました。
「おはよう。お目覚めの時間だよ」
琥珀はグリムソウルを見上げる。
どうして自分が血塗れの格好で、横たわっているだろう。状況を把握しようとするが、絶望的に何も分からなかった。
「私は……」
自身の状況を少しでも思い出そうと発したその言葉に、グリムソウルが返事をする。
「お前は白雨に体を乗っ取られたんだ」
そうだった。そこまでは思い出せる。しかし、そこで意識は途絶えのだった。そして次に気掛かりなのは、
「弟様は……」
時雨の事だった。
グリムソウルは笑顔で言う。
「お前のクローンと共に幸せになってるよ」
聞き慣れない単語に、琥珀は一瞬だけ硬直してしまう。
クローンとは何の事なのか。幸せになっている……とはどう言う事なのか。だとすれば自分は何なのか。
「……じゃあ私は」
「今、お前の中には白雨の魂の半身が眠っている。そして時雨の中にも半身が眠っている。二人が出会うと、白雨が蘇ってしまうぞ」
……よく分からないが白雨は自身の中に封印されたらしい。時雨が上手くやったのか。
しかしその言葉は、もう時雨とは結ばれない事を絶対的に意味していた。それは愚か、出会う事も許されない。
琥珀は腹部に穴が空いているのにも関わらず、平然と立ち上がって尋ねた。
「ねぇ……私には何が残されているの……?」
「俺が残っている。また俺と行こうぜ、琥珀ちゃん。ふらりふらりとするのも悪くない」
「そう……かもね」
グリムソウルの言っているが本当の事かどうかは分からない。
しかし経験的、本能的にグリムソウルの話は真実に感じた。
そうなると自身の幸せ……クローンの自分と何よりも時雨の幸せの為にも、時雨を追い掛ける事は出来ない。
故に何もかも失ってしまった琥珀は、グリムソウルと共に生きる道しか残されていなかった。……そこにまだ見ぬ幸せが待っている事を願って。
「そうだ。今日を琥珀ちゃんの新たな誕生日にしよう」
グリムソウルが笑顔でそう言った。琥珀はじっとグリムソウルを見つめる。
この男を許したつもりはない。
……それでも後の未来の微かな希望に掛けて、琥珀は静かに微笑んだ。
「そうだね」