十五話『やっぱり可愛いなぁ。お前』
少女は寝間着の裾を自ら捲り上げ、横腹の傷を少年に見せる。
不思議なもので、毎晩下着を見られていると言うのに、肌を露出するこの羞恥には一向に馴れないものだった。
「ほぉ、もう治ったのか。素晴らしいな」
もはや傷跡もほとんど残っていない少女の横腹を、ベットに腰掛ける少年はベタベタと撫でた。こそばいのか、少女が小さな吐息を漏らすように吐き出す。
既に日を跨いでおり、遅れながらもいつものように少年の部屋を訪れた少女。
そこで少女自身も怖くて見れなかった自分の傷跡を確認し、目を丸くした。
「本当に治るものなんですね……すごいです。魔法薬……初めて使いました……!」
少女は机の上の紫の小瓶を見て、感激を隠せない様子でそう言った。
目を輝かせる少女に、少年もそこで自慢げに腕を組んで頷く。
「あぁ、質の良い魔宝石から作られた上質な物だからな。かなりの価値があるものなんだぞ?」
にやつく少年。
少女は嫌な予感に襲われる。
「さてどんな見返りを求めるかな?」
少年のいやらしい笑みが止まらない。
そして素早く後退りする少女の手首を先手を打つかのように掴んだ。
「わ、私に出来る事なんてありませんよ」
「やっぱり可愛いなぁ。お前」
唐突な少年の発言。普段であれば聞き流している所だが、密室に二人と言う状況だけに、少女も意識しざるを得なかった。
それに今は仕事では無く、あくまでもプライベート。それもまた、少女の頬を赤く染めた原因の一つだった。
別に惚れたとかではない。たとえ相手が軽薄な男でも、唐突に可愛いなどと言われれば、照れくさいと言うものだ。
「いきなり何言ってるんですか……」
少女はそこで、この少年が容姿を第一に女性を見ている事を思い出す。
そして視線をそらすように俯いて、
「誰にも言ってるくせに……」
敬語を使うことも忘れて言った。
それに対して少年は、少女の手首引っ張り、そのままベットに倒して答える。
「確かにメイド達は俺の好みで選んでは居るが……こうして言葉にして伝えているのはお前だけだ」
少女は見下ろす少年を視界の端に捉えつつ、天井を呆然と眺めた。
「怪我人相手に随分と手荒な扱いですね」
少年の言葉を誤魔化すように言った。
そこで少女はつい最近にも同じような事があったなと思い出す。
また同じか……いや、今回は少年にお世話になった分、抵抗が出来ない。と少女が腹をくくった所で、少年は少女の隣に、勢い良く倒れ込んだ。
ベットの中の空気が一気に吐き出され、膨らみを失う。
そうして少年も少女と同じく天井を眺めた。
「すまないな。俺の弟が……」
深刻な顔をする少年に、少女は思わず少年の横顔へ視線を移して言った。
「あなた様が気に病む事ではないのです」
今、少年の弟は屋敷の地下牢で幽閉されている。
少年も今日の内に何度か地下を訪れてコンタクトを図ったが、満足の行く結果は得られなかった。
少女はそこで、少年の家族に少しだけ興味を抱く。
そして家族に関しての質問をしようと口を開いた所で、少年が先に言った。
「今日はもう寝るぞ」
「……分かりました」
質問は出来なかったが主が寝ると言えばそれまで。少女は自分を納得させるように返事をすると、そのまま上半身を起こした。
しかしそこで少女は唐突に怪訝そうな表情をして動きを止めてしまう。と言うのも、また手首を掴まれる感覚があったからだ。
少女は少年を見て首を傾げると、その手首を引っ張る少年が目を閉じて言った。
「お前もここで寝るんだよ。……別に何もしない」
「……どうしてですか?」
「そんな気分だからだ。見返りはそれで良い」
少女からすれば高級品である魔法薬の見返りが添い寝で済むなら安いものだった。
「おかしな人です」
そう言って少女は再び横になる。
少年の目的はさっぱり分からなかったが悪い気はしなかった。
見返りが安く済んで……とかでは断じて無く、少年が少女を案じる確かな気持ちを感じたからだ。
推測の域を越えないが、弟の件で少女を傷付けてしまった事を、少年は深く重く受け止めているのだろう。と少女は思う。そしてそれを感じただけで満足だった。
そんな少年の温かい手がずっと少女の手首を掴んでいたが、それも今なら心地良い。
そうして薄れていく意識の中で少女は最後に言った。
「おやすみなさい……ハイ……ドラ様」