十七話『もう私も躊躇(ためら)う事はありません。』
「抵抗する気も失せさせたと思っていたが、お前も案外しつこいのだな。時雨よ」
そう言って余裕の表情で待ち構える白雨を目掛けて、時雨は剣を縦に切り払う。
白雨はそれを最低限の動きで回避すると、時雨の剣を靴底で押さえ付け、そのまま余った片足で時雨の頬を蹴り飛ばした。
「保険として生き残らせようとしたが、それも無駄なようだな」
そしてそのまま流れるように跳ね上がり、回し蹴りで時雨を吹き飛ばす。
次に白雨は、時雨の後に続いて接近してくる琥珀へ、自ら距離を詰めた。
そして突然の急接近に琥珀が戸惑ったその一瞬で、白雨は琥珀の額を掴み、そのまま力任せに地面に投げ捨てる。
背中を強打した琥珀は、地面を転がり立てなかった。
白雨は何とか立ち上がろうと四つん這いになる琥珀の背を、靴底で勢い良く叩き付けて笑う。
「勝てる訳無いだろう? 今の俺にはハイドラとフリーレンの力が流れている。……そして俺がお前を気遣う理由はもう無い。言っている意味、分かるな?」
「ねぇ……微塵も後悔してないの?あの時、手を取り合っていれば……とか考えない?」
白雨を睨んで琥珀は尋ねる。
対して白雨は腕を組みながら答えた。
「敬語を使え。敬語を」
琥珀の睨みがいっそう強くなる。
そこへ、白雨へ体当たりを仕掛けたのは時雨だった。
白雨はそれに伴い吹き飛ぶが、すぐに受け身を取って立ち上がる。
時雨は琥珀の手を取って立たせると、歩いて白雨との距離を言った。
「それを言うならクソ兄貴。僕達だって同じだ」
「……ほう?」
「僕達だって今、ハイドラの力とフリーレンの力がある」
「つまらんな。そんな言葉を俺に勝ってからほざけ」
「あぁ、そうしてやるよ!」
そこで時雨は一気に駆け出す。そして拳を握り、白雨へ全力で突き出した。
それを白雨は手の甲で弾くが、そのまま時雨は助走の勢いを利用して、白雨を肩で押し飛ばす。
その勢いは凄まじく、部屋の中央の礎に白雨を衝突させるも、白雨は依然して笑顔だった。
「そうか。さっき琥珀に触れた時、そのまま擦り傷にでも触れたのか。……だが、それで身体能力を上げられても回復は出来ないぞ?」
追い討ちを掛けようと駆ける時雨は、叫ぶように返す。
「それは兄貴! お前も同じだろう!?」
そして流れるように飛び蹴りを仕掛ける……が、それを白雨は靴底で受け止めて防いだ。そしてそのまま足を振り上げて時雨を浮かせると、自身も軽く跳ねて距離を詰め、時雨の髪を鷲掴みにして地面に投げ捨てる。
しかし地面に叩き付けられてすぐに時雨は腕の力だけで飛び上がると、まだ宙に浮いている白雨の顎を両足で蹴り飛ばした。
そしてそのまま地面に倒れ込んでいく白雨の腹部に時雨は股がり、力の限り頭部を狙って拳を突き出す。
それを白雨は顔を逸らして回避すると時雨の背中を膝で蹴り飛ばし、そしてなんとか立ち上るも、今度は琥珀からの蹴りを顔で受け止めてしまい地面を転がっていく。
そこで深い溜め息を付いて言ったのは琥珀だった。
「もう私も躊躇う事はありません。ここで終わりにしましょう」
時雨がそれに同意する。
「そうだね。もう終わりにしよう。……だから琥珀ちゃんはそこで見ていて」
「……言いたい事は分かるよ。私が流血してしまうと、回復の機会を与えてしまう。それは納得なんだけど……見る、だけなんて嫌だよ。私にだって立派な魔法がある」
「……じゃあ補佐して貰おうかな」
「ん、分かった」
時雨は再度その手に赤い剣を出現させると、首を鳴らして待ち構える白雨へと歩みを進める。
白雨もまた、その手に剣を出現させると、先に駆け出した。
合わせるように時雨も駆け出す。
そして赤い剣が音を鳴らして衝突した。
二人は互いに剣を払っては防ぎ合い、攻防を重ねていく。
その中で、先に語り掛ける余裕があったのは白雨だった。
「琥珀を下げたのは良い判断だったと誉めてやろう。……だが、身体強化した状態で互角なんだ。力の差は歴然だと思わないか?」
「何が……言いたい?」
「許しをこうなら、今であれば聞いてやろう」
「……ごめんだね」
「そうか残念だ。死ね」
そこで払われる時雨の剣を、白雨は綺麗に弾き飛ばす。それに伴い、時雨が大きく仰け反った所で、白雨は切っ先を時雨に合わせ突き出した。
「時雨君!!」
間に合わない。頭では分かっていても、思わず駆け出してしまう琥珀。
どうしてもっと早めに魔法を使っておかなかったのだろう。と後悔の念が琥珀の脳を支配する。
そして顔を青くする琥珀が手を伸ばした所で、白雨の剣が時雨の腹部を突き刺した。
「時雨君っ!!!」
時雨の表情が痛みから激しく歪む。
そして琥珀の足止めをするかのように、目前の床に剣が突き刺さった。
「時雨よ! 貴様の負けだ!!」
白雨が笑い混じりでそう叫ぶ。
しかし時雨は懸命に白雨の手首を掴むと、力を振り絞るように叫んだ。
「今だ! 琥珀ちゃん!!!」
ハッとするように琥珀は剣を掴む。
白雨も慌てて剣を構えようとするが、手首を掴む時雨がそれを許さない。
「これで……終わりだああああ!!!」
続けてそう叫んだのは琥珀だった。