十六話『僕はハイドラを取り戻したい』
「久しぶり~。旦那、休息はちゃんと取れたかい?」
ハイドラ城の前に転送されてすぐ。二人の背後から話し掛けたのはグリムソウルだった。
飄々とした言動でグリムソウルは続ける。
「俺に会いたかったんでしょ?兄貴を倒す決心……ついた?」
「……うん。僕はハイドラを取り戻したい」
「良い心意気だねぇ。じゃあ琥珀ちゃんとしっかり協力するんだよ……末永くね」
後半に掛けて小声になっていくグリムソウルは琥珀の顔をじっくりと見下ろす。
琥珀は困ったような表情を浮かべて尋ねた。
「な、なに……?」
「いやぁ。ここいらで完全に魂を返してあげようと思って。あとは切っ掛けさえあれば、自ずと記憶は帰ってくるよ」
そう言ってグリムソウルは琥珀の頭を撫でる。
そして二人に背を向けて続けた。
「兄貴の旦那によろしくな。接近に気付かれたようだよ」
周囲を見渡せば既に操られた住人が取り囲んでいた。
グリムソウルは笑う。
「全滅は避けて上げるから、ここは俺に任せて行きなよ」
「目的はやっぱりさっぱり分からないけど……ここは任せる事にするよ」
時雨と琥珀はグリムソウルに背を向けて駆け出した。
何を考えて居たのか、城内の警備はまったくされていなかった。
時雨は琥珀の手を引いて、礎の間へと続くエレベーターへ向かって行く。
「ねぇ、時雨君。お兄さんってどんな人なの?」
「……最低なクズ男さ。親父を殺して、国をめちゃくちゃにした。だから僕は自国の住人の為にも、戦わなければならない」
エレベーターの待ち時間に軽く尋ねたつもりだったが、返ってきたのは時雨からは珍しい罵倒の言葉だった。
そのあまりにも強く悪い言葉に、琥珀が戸惑っていると軽快な音を鳴らしてエレベーターが到着した。
急いで乗り込む時雨の表情は、今までに類を見せない怒りに溢れていた。
あの時雨がこんな表情をするのは初めての事で、琥珀も思わず言葉数が減ってしまう。
そうして次にエレベーターが軽快な音を鳴らして到達したのは、真っ白な空間だった。
部屋の中心では大きな礎がその存在感を放っており、その前では時雨と良く似た髪色をした少女が玉座の上で足を組んで笑っている。
そして琥珀は言葉を飲んだ。
「そ、そんな……」
あろう事か、時雨の兄は自身にそっくりだったのだ。
また、言葉を飲んだのは琥珀だけでなかった。
これもどう言う訳か、自身にそっくりの少女が、自身と同じような表情をして言葉を漏らす。
「クローンがなぜ……。ロゼが帰ってこないと思えば……まさか……一体誰が……」
「クローン……?」
そこで琥珀は唐突に膝を突いた。
そして頭を抱えこんで踞ってしまう。
「だ、大丈夫!? 琥珀ちゃん!」
琥珀の身を案じる時雨。
どれ程の時間が経っただろうか。短くも長い時間を経て、時雨に返ってきたのは、ゆっくりと顔を上げて憎悪を剥き出しにする琥珀の言葉だった。
「弟様。あのクズ男をさっさと始末しましょう」
「記憶……戻ったの……? 本物の琥珀ちゃん……?」
「はい。弟様。それとも時雨君と呼べば良いですか」
「じゃあ後者で。もう君と僕は対等な立場なんだからね」
ずっと白雨を睨み付ける琥珀と同様、時雨も白雨を睨む。
そしてその手に赤い剣を握り締めて駆け出した。