十三話『なに……この生き物……ほんとに魔物だったりするの……?』
「なに……これ……」
甲板に出て時雨と琥珀が見たものは、船と並走して泳ぐ黒い化け物の影だった。
それこそ魔物と称しても差し支えの無いような類を見ない生き物。
周囲の乗客の様子から察するに、この生き物が船に体当たりを仕掛けているようだった。
「こんなのどうしたら……」
琥珀がぽつりと漏らす。
魔物だなんて、正しくお伽噺のような存在だった。
対処法なんて分かるはずも無い。
それ以前に、遥か昔に全滅した魔物が今になって姿を見せたとは考えにくかった。
新手の魔法か、あるいは人為的な機械によるものか。どちらにせよ水面に隠れている以上、その姿を確認する事も出来ない。
そうして皆が困り果てていると、化け物の体当たりがまたもや船を襲った。
その衝撃は凄まじく、船が傾き、そのまま横転してしまいそうな勢いだった。
その辺にしがみついて時雨は叫ぶ。
「このままだと全員水の底行きになる! 戦わないと!!」
「ん! そうだね!」
琥珀と顔を見合わせて二人は水の中の化け物を睨んだ。
そしてその視線を察してか、化け物が水面から跳ねるように姿を現し船に上半身を預けるように、のし掛かった。
立つ事さえも困難な振動と共に、化け物が巻き上げた大量の水が降り掛かる。
そして化け物に立派な腕があった事に琥珀と時雨は驚きが隠せなかった。それは前足と言うよりは人間の腕に近い形状だった。指まで五本綺麗に揃っている。
そして……気味が悪い事に、化け物には立派な顔が存在していた。それも人間に近しく、今も影絵のように真っ黒な顔を、構える時雨と琥珀に向けてへらへらと笑っている。
「なに……この生き物……ほんとに魔物だったりするの……?」
あまりの気味の悪さに、琥珀が表情を曇らせて言った。
すると時雨はその手に赤い剣を出現させて返す。
「機械っぽくは無さそうだけどね。どちらにしてもこいつを倒さないと後は無いよ!」
時雨は剣を構えて駆け出した。