十二話『ねーねー。女の人同士でちゅーしてるよー』
「ただいまぁ」
疲れきったその声は、夕暮れの自室に良く響き渡った。
窓から射し込む真っ赤な光を疎ましく思いながら、時雨はちゃぶ台の前へと座り込む。瞬間、疲労から解放された足先から一気に快感が脳天へ走り抜けた。
「おかえりぃ」
そして、そんな時雨に返ってきた声もまた時雨同様、元気のあるものでは無かった。
声の主である琥珀が、奥室からノソノソと現れる。毛布に全身くるまり、覗かせるように毛布から出した顔は、正しく寝疲れたような惚けた表情だった。
時雨は苦笑いを浮かべて尋ねる。
「ずっと寝てたのー?」
「ん……寝てた。けどお昼は色々と調べ物を……」
そこで琥珀は大きな欠伸をして続けた。
「お風呂……入りたい……」
「入ってきなよー」
「……ふぁーい」
そこで琥珀は、ぱさりと毛布を落とす。
そして悲鳴をあげたのは、時雨だった。
「い!? ちょっとちょっとちょっと!!」
「んー……。どうしたの?」
相も変わらず寝惚けた様子の琥珀を、時雨は指差して叫ぶ。
「さささ、さすがに僕が女の子みたいだからって下着姿で過ごされるのは困るから!! ここ! 僕の部屋だからっ!! 一応っ! 僕の部屋だからぁ!!」
「あ……」
琥珀はゆったりと毛布を拾って半裸の体を隠すと、後頭部を掻きながら言った。
「えへへ、ごめーん。私、疲れ切っちゃうと、寝てる間に脱ぐ癖があるみたい」
「はぁ……もう琥珀ちゃんってばー……二回目だよ……」
「まぁまぁ。それじゃあお風呂に入ってくるから、時雨君も明日のために早く入って寝る準備した方が良いよー」
そう言って琥珀は浴室へ向かっていく。
そうして時雨のまたもや叫びのような声が、暗くなってきた部屋に響いた。
「え!? 僕の部屋のお風呂に入るのー!?!?」
翌日の早朝。
アパートから出た二人は、既に始発の船の上で揺られていた。
「ねぇ、琥珀ちゃん。昨日調べ物してたって言ってたけどさ。なに調べてたの?」
「んー……色々! だけど特に時間が掛かったのは、アクア領の異常気象についてかな!」
「え……なんで琥珀ちゃんがそんな事を調べてるの……」
「成り行きで! それでね? あろう事か、それは人為的な物だったんだよ!?」
「え!? そうなの!?」
「もちろんズバッと解決したんだけどね!」
琥珀はそこで腕を伸ばしてピースを作る。
その瞬間、船が大きく揺れ、時雨と対面で向かい合って座る琥珀が前に飛んでしまう。
「なんだ!?」
「何事だ!?」
「なにがあったの!?」
と騒ぐ乗客を他所に、時雨と琥珀は体を密着させて唇を重ねてしまっていた。
「ねーねー。女の人同士でちゅーしてるよー」
「こらっ。指差さない!」
そんな冷たい会話が聞こえたかと思えば、
「こんな時に女二人で何やってんだ!外で魔物みたいな奴が暴れているらしいぞ!」
と普段の会話からでは聞き慣れない単語が飛び交った。
時雨も離れようにも、琥珀にのし掛かれ身動きが取れない。
そこで時間が停止していた琥珀が慌てて距離を取った。
「ご、ごめん!」
「ぼ、僕は大丈夫……」
「ほんと? 嫌だったらアクア湖で、うがいして来ても良いんだよ……?」
「き、気にしてないよ! そんな事よりも、女の人同士って言われてたのが気になるかなー。あはは……」
「でも、男女よりは良かったんじゃない?」
「か、かな……! なんか魔物って言ってたけど、外で何があったのかな……。い、行ってみよ!」
この場から逃れるように駆ける時雨。
琥珀もその後に続いた。