外伝時雨side六話『それでも私は……! ……君を追い掛けてみたいと思ったんだ……』
「君の事好きになっちゃった……って言ったら迷惑?」
唐突に発せられたテアの言葉に、時雨は戸惑いが隠せなかった。
好意を向けられる事、それ自体は悪い気はしない。
しかし、
「ごめん。僕はそれに答える事は出来ない。大切に思う人が居るから」
時雨はテアから距離を取って淡々と答えた。
テアの表情が曇っていく。
「やっぱりね。お兄ちゃんにそう話しているのを聞いてた」
「分かっていてなんで……」
漏らすように時雨は呟いた。
その瞬間、風が吹く。どうやら部屋の窓が開いていたようだ。
テアは風によって乱れた髪を掻き分けながら尋ねた。
「ねぇ。これから私はどうしたら良いの……?もう今まで通りの仕事も出来ず、家族も失って……体を売る事も、嫌になっちゃったんだよ?」
「実家には帰れないの?」
「……帰れない。私が飛び出して来たから」
そこで時雨は「ふーん」と答えて部屋の出口に向かって行く。
その背に、テアは多少の怒りを含んだ声で返事をした。
「酷いよ。ろくでもない奴だったけど、お兄ちゃんを奪ったのは君なのに」
「……この世界で生き残る方法は無数とある。戦闘は出来なくとも貴族の元で家政婦をする事は出来るし、どうしても魔法や戦闘に携わりたいと思うのであれば、望めば学園は君を受け入れてくれるだろう。それこそ、家族に平謝りする方法だってある。……それに比べて僕には帰る場所も家族も無い。クソ兄貴に全てを奪われたからね。僕には復讐だけしか残されていない。悪名高い貴族の息子だから、当然学園だって頼れない。だから君はまだまだ恵まれていると思うよ」
時雨は静かに扉を開ける。
そうして部屋を去っていく時雨に、テアは最後に叫ぶように言った。
「だったら私は!! それでも私は……! 君を追い掛けて見たいと思ったんだ……」
後半に連れて弱々しくなって言ったその言葉は、時雨には届かなかった。