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外伝時雨side五話『君の事好きになっちゃった……って言ったら迷惑?』

「あーあ……悲惨だなぁ」

 地塗られた森の中。動かない死体に囲まれて時雨は空を見渡す。

 いくつかの大きな雲が自由に空を泳ぎ、今は日光を遮っていた。

 魂が抜けたように立ち尽くして呆然とする時雨は、その視線を徐々に落としていった。

「たすけ……て……」

 そんな助けを乞う掠れた声が時雨に届いたのは、再び日光が照り出した時だった。

 微かな声の方へ、時雨は視線を移す。

 そうしてそこに居たのは、仰向けのまま手を伸ばすテアだった。

 全身は銃弾で貫かれて血塗れ。しかし辛うじて致命傷は避けていたのか、テアは目を閉じて静かに息をしていた。

「生きてたの? 大丈夫?」

「……大丈夫じゃない。助けて……よ」

「お兄さんとの会話聞いて居たんだよね?なんとも思わないの?」

「……お兄ちゃんが、私を恨んで居たのは薄々気付いてた。ねぇ……早く助けて……」

 瞼を閉じたままのテアの呼吸が乱れていく。胸に片手を置いて呼吸に集中するテアを、時雨は黙って見下ろしていた。

 どう言う訳か、時雨自身も驚く程に冷静だった。と言うよりは放心していると言った方が適切か。

 判断力を失ってしまっているのは自覚している。

 時雨はテアの隣で屈んで尋ねた。

「家族で怨み合うって悲しい事だよね……」

 淡々と話す時雨に対して、テアは叫ぶように答える。

「悲しいよ……! そんな事、分かってる!!! でもその話、今しなければ駄目なの!? 先に私の命を助けてよ!! ねぇ……! もう……意識が……」

 そこまで言って途端に消沈するテア。そこで時雨はハッとしたように辺りを見渡すと、気を失うテアを両手に抱えて走り出した。







 あれからテアを抱えて時雨は、保安機関直属の医療所に訪れていた。

「危ない所だったけど、一命は取り留めたよ」

 無機質な廊下で、テアの治療を担当した医師から告げられた言葉は、時雨を安堵させるものだった。

「良かった。命に別状は無いんですね」

「あぁ。もちろん。意識も回復しているよ。ただ……」

「ただ?」

「魔法薬が万能とは言え、治療が遅れた場合はどうしても完治はできない。湖を越えてここまで運んで来てくれたんだよね?」

「そうですが……」

「それだけの時間が経過していた後の治療だ……。私も全力は尽くしたんだが、保安機関の前線で働くのは、もう不可能だろう。傷が深すぎたんだ……」

「そうですか……」

 落胆とする時雨。

 医師はそんな時雨の肩に触れて、言った。

「感謝の言葉を伝えたいって言ってたよ。病室に行ってあげてたまえ」

「はい……」








 重い足取りで時雨が向かったのは、医師に言われた病室だった。

 ただ時雨はその病室の扉の前で曇った表情のまま立ち尽くす。

 どんな顔をして、テアと会えば良いのか。合わせる顔が無いとはこう言う事なのか。森の中での自身の冷酷さが今では嘘のようだった。

 深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 もしかしたら責められるかもしれない。ぺちゃくちゃと喋って、テアを一向に助けようとしなかった事を。

 それもテアの性格的には十分にありえる事だ。

 何故か冷や汗が流れ始めた。

 思い返せば思い返す程に、自分がいかに狂った冷酷さの持ち主なのを強く実感する。

 しかしここで自虐的になっても仕形がないと、時雨は意を決する前に、勢いに任せるように、半ば自暴自棄になるように、病室の扉を開けた。

「わわ!?」

 あまりにも扉を開ける勢いが強すぎたのか、ベッドの上のテアがお尻を浮かせて驚愕する。

 そうして黙り込む時雨にテアは、意外にも笑顔で話し掛けた。

「時雨君ありがとね」

 歯を見せて微笑むテア。

 てっきり罵倒に罵倒を重ねられると思っていただけに、時雨も拍子抜けだった。

 しかしその反面、自身の状態を伝えられていないのでは無いかと、ネガティブな憶測が時雨の脳裏を支配する。

「テア……さん」

「テアでいいよ」

「じゃあテア。率直に聞くけど、お医者さんからはなんて言われたの……?」

 ここで肝心な事を伏せていても仕形がない。と時雨は自身に言い聞かせるように強引に尋ねた。

 対してテアは、じっと時雨を見つめ返して返事をする。

「全部聞いたよ。後遺症で体の自由がきき辛くなるのも、もう保安機関で働けない事も」

「なのに君は……! ありがとうだなんて言えるの? 無駄口を叩いていないで早急に君を助けていれば後遺症も、もっと軽かったかも知れないんだよ?」

 ひたひたと靴底を擦るように歩み寄っていく時雨に、テアは大きく頷いた。

「たぶんそれは関係無いよ。でも、こうして助けてくれただけで深く感謝してる。むしろ、お兄ちゃんが迷惑を掛けてごめんなさい……」

「それこそ……君には関係無いじゃないか……」

 ベッドの横で立ち止まる時雨。

 テアは時雨の手を掴んで言った。

「私ね。舟の上で、君に体を大切にするように言って貰えた時、実は嬉しかったんだ」

 時雨からの返事は無い。

 テアは引き寄せるように時雨を手首を引っ張ると、急接近する時雨に耳打ちするように続けた。

「君の事好きになっちゃった……って言ったら迷惑?」

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