外伝時雨side二話『ちょちょちょっ!! じょ、冗談ですよね!? みんなして僕をからかってるんですよね!!?』
「はい! と言う訳で新人、時雨君を連れて私達は森へと船を進めています!」
小さなボートの船頭で、テアと名乗った少女が前方を指差して言った。
そんなテアの背中に、時雨は静かに苦笑いを返す。
そしてその時雨の両隣には二人の若い男が座っていた。二人とも時雨の先輩に当たる人物だった。
「上官。そんなに張り切ってると落ちますぜ」
そう言った一人の男が腕を上げて背筋を伸ばす。
テアとの付き合いが長いのだろうか。慣れた様子だった。
続けてもう一人の男が徐に立ち上がると、テアに寄りながら尋ねた。
「金はいいんで。例の報酬、本当にして貰えるんですよね?」
「うん! もちろんいいよ」
時雨は眉を潜める。なにやら不穏な会話に感じた。
男はきっと雇われの身で、その報酬を雇い主に求めるのはごく自然な事だ。そこに異論は無いが、それを直接上官に求めるのはどこか違和感を感じる。
報酬の内容を確認した可能性もあるが、今のやり取りからはもっと個人的な物が感じ取れた。
そして何よりも、金はいいと言う言葉が一番引っ掛かる。
報酬と言えば、もちろん時雨にも受け取る権利はあるはずなので、確認と探りを兼ねて、時雨は恐る恐る尋ねた。
「あの……それって僕にも?」
図々しさ厚かましさを出さないよう、時雨は自身を指差し首を傾げておどけるように言って見せる。
そうして可愛げのある振る舞いをする時雨に、テアはニヤリと微笑むと距離を詰めて耳打ちするように言った。
「時雨君も欲しいの? でもお金の方が良いんでしょ?」
なるほど。金か現物の報酬か。と、答えは実に単純な物だったが、そうなれば現物の報酬が何なのが気になる所だった。
時雨は微笑みに微笑みを重ねるように、笑顔で尋ねる。
「じゃあお金じゃ無い方ってなんなんですか??」
「それは……」
テアはそこで口ごもると、時雨の手を掴み、
「私の体だよ」
その手を自らの胸に押し付けて続けた。
硬直して思考停止してしまう時雨。そしてすぐにその手を全力で引っ込めて言った。
「ちょちょちょっ!! じょ、冗談ですよね!? みんなして僕をからかってるんですよね!!?」
「冗談なんかじゃあ無いよ。任務が成功した暁には、私の体で楽しんで貰ってるんだよ。毎回ね」
テアの言葉を肯定するように、二人の男がいやらしい笑みを浮かべる。
時雨は今この瞬間の、この空間が不愉快で仕方がなかった。
愛想笑いもすっかり忘れて顔をひきつらせる時雨に、男が笑って言う。
「俺たちも最初はそんな反応だったよな。でも、すぐに良くなるさ。お前も筆下ろしさせて貰うと良い。まぁ、そのためには必死に任務に励まないとな」
ハッハッハッと声を上げて笑う男性。テアも口元に手を置いてうふふと笑う。
そんな異常な雰囲気の中、時雨は真剣な表情を浮かべて言った。
「やめなよ、そんな事。もっと自分の体を大切にした方が良いよ」
テアは少しムッとしたように返す。
「む! 別に君に強制はしないけど、私の事は放って置いてよ」
「じゃあ別に良いけど……」
時雨自身、自ら体を売るような女性に優しくするつもりは毛頭無かった。
一応、知り合った仲として最低限の言葉を掛けただけ。そこからその本人がどうしようと知ったこっちゃ無い。と言うのが本音だ。
時雨は近付いてくる陸をぼんやりと眺めて思う。
自分は冷たい人間だな、と。