外伝時雨side一話『そんなに見られたら恥ずかしいなぁ』
翌朝。琥珀に一声掛けてアパートを出た時雨は、意気揚々と通勤の道を進んでいた。
平行する小川からは、せせらぎの音ともに魚が跳ねる音がする。
相変わらず温度も湿度も高かったが、漂う自然の香りは時雨の心を安らげた。
踏みなれない土の道路も、今なら癒しに感じる。
「よしっ、がんばろっ」
時雨は大きく深呼吸をして、目前に見える街へと足を進めて行った。
「湖外の森のならず者ですか……?」
そうして保安機関に訪れた時雨が与えられた仕事は、討伐依頼だった。
保安機関の一室にて、テーブル越しに腰掛ける男性が、両足を揃えて立つ時雨の問いに深く頷く。
「そう。湖の外の森も、アクア領の管轄なんだ。……そしてそこに、ならず者が住み着いてしまった。まだ完全にアクア領外であればスコラミーレスに頼めたが、今回は敷地内でな」
「な、なるほど」
「そこでだ。戦闘能力が高く評価されている時雨君には、ぜひ現場に向かって頂きたいと思う。お願いできるかね?」
「は、はい! 喜んで!」
「そうか。では部隊として手配させるから報告書を提出して待機するように。先輩と仲良くな」
「はい! ありがとうございます!」
「君が噂の新人君!?」
その声は、報告書を提出し終えて廊下を歩く時雨の背後から聞こえた。
当然、新人と言えば自分の事だろう。
その声に時雨が慌てて振り返るとそこには、腰に手を当ててふんぞり返る少女が時雨を一瞥していた。
「あの……僕の事ですか?」
「そうそう! そうだよ! そう!」
少女は何度も肯定して時雨に歩み寄る。
そしてじろじろと時雨の顔を眺めて続けた。
「女の子?」
「ち、違うよ!」
「そっか! 男の子か!」
「それで……僕に何か用事が……?」
「もちろん! 先に自己紹介しようと思って!」
「自己……紹介?」
時雨も少女を下から上に一瞥する。
すると少女は、肩を抱いて身を捩らせて言った。
「そんなに見られたら恥ずかしいなぁ」
「ご、ごめん!」
慌てて視線を逸らす時雨。
少女はそんな時雨の手首を掴んで言った。
「私は君の上官になるテア。以後よろしく!」
「……せ、先輩……!? だったのですか!?」