表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/189

六話『ほら時雨君、女の子みたいな容姿だから』

 翌朝。気温が一定な事で有名なアクア領で、珍しく蒸し暑い朝だった。

 湖に囲まれた位置に存在するアクア領は、その特性からどうしても湿度が高くなってしまう。つまりは少し気温が上がっただけで、体感温度はうなぎ登りのように跳ね上がる。

 額から滴る汗を腕で拭う時雨は、どう言う訳か、琥珀の部屋の前で立ち尽くしていた。

「はぁ……琥珀ちゃん大丈夫かなぁ……」

 そうしてドアチャイムに腕を伸ばす時雨。しかし寸前の所で、動きを止めてしまう。

「お節介かなぁ……」

 後退りするように扉から少し距離を置いて、時雨は琥珀の扉を呆然と眺める。

 お節介などと言う言葉はただの言い訳で、実際はただ勇気が無かっただけだった。

 自覚しているが、その一歩が踏み出せない。

 すぐ近くに琥珀が居るのに、昨日の出来事も相まってか、遠く感じてしまう。

 今日はこのまま保安機関へ行ってしまおうか。そう考え、時雨が逃げの第一歩を踏み出そうとすると同時に、目前の扉が突如開かれた。

 別に悪い事をしていた訳でもないのに、時雨は思わずびくっと小さく跳ねてしまう。

 そうして硬直する時雨に、中から姿を見せた琥珀はにんまりと笑って言った。

「なーんだ。やっぱり時雨君かー。外からブツブツ独り言が聞こえるから、不審者かと思ったよー」

「ご、ごめん。昨日辛そうだったから……。今は大丈夫なの?」

 恥ずかしい姿を見られた事による恥ずかしさを誤魔化すように、時雨は後頭部を掻いて尋ねた。

 琥珀は自分の頭を握り拳でこつくような動作をしておどけて答える。

「ん、元気だよっ。昨日は少しだけ記憶が戻って混乱しちゃった」

 微笑む琥珀。

 しかし時雨は変わらず不安げな表情で尋ねる。

「その、大丈夫なら良いんだけど……。辛かったりしない?」

「辛くないよ。むしろ嬉しいよ。だってもしかしたら、時雨君の事も思い出せるかも知れないしね」

 ウインクを送る琥珀の握り拳は、気が付けばピースサインに変わっていた。

 時雨はそこで、琥珀との出会いを思い返す。そしてそれは良い出会いとは言えないだろう。

 口が裂けても、女装した自分と戦った、のが初めての出会いなんて言えない。そんな事を考える時雨は、引きつった笑顔を浮かべていた。

「も、もし出会った頃とかを思い出しても引いたりしないでね……!」

「えー、そんなに酷い出会いだったのー?」

「まぁ……あまり人には言えないような……。あの時は……僕が自暴自棄だったから……」

「自暴自棄……? 出会った頃は、すごい反抗期の思春期で大荒れだったり?」

「そ、そんな事は無い……と思うよー?」

「うーん。じゃあ私が時雨君の性別間違えたとか?ほら時雨君、女の子みたいな容姿だから」

「あー……まぁそんなとこかなぁ」

 あはは、と時雨は付け足して笑う。そしてこの場から逃げるように続けた。

「あ、そろそろ行かなくちゃ……時間が!」

 そうして時雨は慌てて階段を降りていく。すると二階の手摺から身を乗り出すように時雨を見下ろす琥珀が、手を大きく降りながら呼び掛けた。

「あ、私この後! 図書館に行こうと思ってるんだけど時雨君は何時まで仕事なのー?」

 その場で駆け足しながら時雨は答える。

「今日は午前で終わるよー!」

「じゃあ、お昼過ぎに図書館待ち合わせねー!」

「え!?」

「えー!? 嫌なのー?!」

「そ、そんな! まさか! お、お昼過ぎだね!」

「ん! そう! あはは、デートねー!」

 そう言って無邪気に笑う琥珀は部屋の中へと消えていく。

 意識しているのが悟られたか。そんな事を真剣に考えながら、顔を赤くする時雨は走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ