表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/189

五話『私の女としての価値は子供が産める事しか無いみたいなのです。』

「ただいまー……って言っても誰も居ないかー」

 夕暮れの時。赤い光が差し込む薄暗い部屋へ、時雨は靴を脱ぎながら言った。

 ひとまずちゃぶ台の前へ座る。その瞬間、歩き疲れた足が体重から解放される快感が、ゾワッと脳天に伝わる。

「はぁ、疲れた」

 そこで大きく一息付く時雨。

 そんな時雨に遅れて返事する者が居た。

「おかえりぃ~」

 その声は上手く呂律が回っておらず、声の主が寝起きだと言う事がすぐに推測出来る。

 そしてその聞き慣れた声に、時雨は思わず苦笑いを浮かべて返した。

「もう、琥珀ちゃん。僕の部屋で一日中寝てたの?」

 声の主である琥珀は、奥のさらにもう一つ暗い部屋から、眼を擦りながら姿を現す。

「ん、寝てた。だってすぐに帰ってくると思ってたもん。でも全然帰って来てくれないから、退屈過ぎて……」

 そこで琥珀は腕を伸ばし大きな欠伸をしてから続けた。

「今日は面接だけだったのに、時間掛かったんだね」

「そうなんだよ。ハイドラの名前が色々と邪魔をしてね……。でも、明日から保安機関で働かせてくれる事になったよ!」

「おぉー合格おめでとうー」

 琥珀はちゃぶ台を挟んで時雨の向かいに座る。

 胡座をかいてボサボサの髪に指を通すその姿は、所謂(いわゆる)だらしない格好と言わざるを得ない。が、警戒の欠片も感じさせないその格好こそが、今の時雨には癒しだった。

 信頼してくれている。好いてくれている。一種の快感に近いそんな思いと感覚が、時雨を満たしていった。

「ありがとう。やっぱ一人じゃないって安心するよ」

「ん。そうね。私もそう思う」

 琥珀の顔はまだ寝惚けて居るが、その表情はうっすらと笑顔だった。

 時雨は思わず琥珀から視線を逸らして尋ねる。

「晩御飯どうしようか」

 そして何故か琥珀も、時雨から視線を逸らして呟いた。

「肉じゃが……しか、作れない……なんてー……」

「え!? そうなの!?」

「だだだって! 肉じゃがの記憶だけしかないんだもん!!」

 驚く表情をする時雨に、琥珀は思わず立ち上がって言った。

 しかしそこで、空気が抜けたようによろめいてしまう。

「だ、大丈夫!?」

 咄嗟に琥珀の肩を掴んで表情をうかがう時雨。

 呆然とする琥珀は、漏らすように呟いた。

「私の……記憶……? メイド長……?」





「メイド長。料理を教えて下さい」

「……?? どうしたの急に」

「私の女としての価値は子供が産める事しか無いみたいなのです。なのでせめて、一品だけでも簡単な物でも良いから作れるようになりたいのです」

「そう言う事……まぁ、それなら……肉じゃがとかどうかしら?」

「肉じゃが……。私に出来るでしょうか……」





「そうか……それで私は肉じゃがを……」

「……何か思い出したの?」

「メイド長が死んでいたのは私の仕えていた屋敷だったんだね……」

時雨の質問を無視するように、琥珀は呆然と呟いた。

そんな琥珀の両肩を強く掴んで時雨は心配する。

「大丈夫? しっかりしてよ! メイド長が死んでいた? ロゼちゃんの事……?」

「ロ……ゼ……。ごめん、今日は部屋に戻って休む……」

 そこで琥珀はふらふらと玄関へ向かって行く。そして扉を開けながら続けた。

「……保安機関、明日から行くんだよね? ……怪我しないようにね。……じゃあ、おやすみ」

 金属の扉が閉まる重い音が静かに響く。

 そうして時雨は誰もいなくなった玄関へ呟いた。

「うん……おやすみ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ