外伝『驟雨(しゅうう)』
「君、本当にハイドラ領の人間?」
「そ、そうですけど……」
ドレス姿の女性とテーブルを挟んで、向かい合う形で時雨は椅子に腰掛けていた。
二人で会話するにはあまりにも広過ぎる部屋。天井の電灯も壁の装飾も豪華な物ばかりで、その観点から見て実家が劣っているのは、はっきり言って明らかだった。
そして疑われる身分である自分と、護衛も付けずに二人で話し合いに望んだ女性からは、実力に自信があるのがうかがえる。
暴れた所で、私自ら取り押さえてやる。そんな意気込みまでも感じさせる。
最も時雨にそんな気は無く、あるのはあらぬ疑いを晴らしたいと言う思いで、そうする為にも時雨は誠意を見せるように接した。
「先程も言いましたが、僕に敵対する意思は無いんです。ハイドラ領から追放されている身で、ここに置いて貰っているだけで感謝してます。あとは仕事さえあれば――」
時雨の言葉を遮るように、女性は言う。
「――知ってるわよ。ハイドラの次男が内で暮らして、仕事を探している事も」
「ではなぜ……」
「どうしてよりにもよって保安機関なのだろう。と思ってね」
「戦う事しか能が無いから……」
「……ふーん。まぁ君から邪悪な物は感じない……わね」
「……どう言う意味ですか?」
「ハイドラ王の弟さんが、直々にお願いに来たのよ。多少の面識はあったから話を通した。で、あなたの立たされている状況も把握しているわ。でもね……」
女性はテーブルの上で指を組んで表情を曇らせて続ける。
「昔見た驟雨さんとは、雰囲気が大きく変わっていたのよ。率直に言って悪い雰囲気だったわ。だから君も疑ったのだけど……その様子だと心配なさそうね。保安機関で働きたいなら手配して上げる」
「あ、ありがとうございます! それで……その、驟雨さんと言うのは……」
恐る恐る尋ねる時雨に、女性は平然と答えた。
「ん? さっきも言ったように、ハイドラ王の弟さんの事だけど?」