二話『僕は君の……』
「え……嘘でしょ……?!」
首を回して確認する時雨が見たものは、隣の開けっ放しの部屋から出てきた少女だった。
茶色の髪を風に揺らし、ハチミツのような、くすんだ黄色の瞳でアパートからの景色……アクア領の都内の方角を見つめる少女。
少女はすぐに時雨の事に気が付くと、振り向き際に顔に掛かる髪を掻き上げ、微笑みながら言った。
「あ、もしかしてお隣さんですか?」
「そう……だけど……。琥珀ちゃん……だよね……?」
「……!」
そこで二人揃って目を丸くする。
そしてすぐに少女は、何かに納得したかのように両手を合わせて答えた。
「君がグリムソウルさんが言ってた人かぁ。これももしかしてだけど私と親しい人だったりするのかな?」
「え……? 琥珀ちゃん変だよ……どうしたの?」
そこで少女は共用廊下の手摺に重心を乗せて、都内を再びぼんやりと眺めて返した。
「私……記憶無いんだ」
「それって……」
「うん。記憶喪失って奴かな? 残された物はメイド服と一つの魔法だけ……」
少女がそう言って少しの間、沈黙が訪れる。
しかしすぐに少女は小さく跳ねるように時雨の方へ振り向くと、微笑む顔のすぐ横でピースを作って続けた。
「まぁ良いけどねっ。気にしてないし!」
そしてそのまま時雨の手を掴む。
「それで君は……私のなんだったのかな……? もしかして主様だったり? メイド服は君の趣味だったり??」
一瞬見せた曇る表情を隠すように、少女は少し楽しげに言った。
自分と関係のある人間と接するのが興味深いのだろう。しかしその反面、その関係を忘れてしまっている事を寂しく思う気持ちがあるのが推測できる。
時雨は、いつもの琥珀とは違うどこか大人びた笑みに少し頬を染めて答えた。
「僕は君の……」
「君の……?」
「うーん……そう、友達!」
「友達? そうなの??」
「うん! だからこれからも友達で居てくれるかな?」
少女は一瞬呆けた表情を見せたが、すぐに静かに広角を吊り上げて答えた。
「ふふ。こちらこそ、よろしくね。時雨君!」
「僕の名前知ってたの?!」
驚く時雨。少女はそんな時雨を見つめ、背中で腕を組みながら答える。
「名前だけはグリムソウルさんに聞いてた! 他は何も知らないけど!」
そして自室に戻りながら続ける。
「けど君って正直な人ね。もし恋人だったなんて言われたら、どうしようかと考えたのに」
すぐに少女は、「ま、私に恋人なんて、できっこ無いか」と小声で漏らす。
時雨はそんな少女から視線を逸らして呟いた。
「今の琥珀ちゃんが……僕の事を気に入ってくれたら――」
「――ん? なんて言ったのー??」
少女の半身が玄関に隠れた所で、時雨が呟いた為、少女が身を乗り出して尋ねる。
時雨は慌てて答えた。
「んーん! な、何でも無いよ! これからもお互い大変だけど、頑張っていこ!」
「そうね!」
笑顔の少女は再びピースを作って部屋に戻って行く。
そうして少女は玄関の扉を閉め、時雨が部屋に入るのを音で確認をした所で、力が抜けたかのように近くの壁にもたれ掛かって呟いた。
「はー……緊張したー……」