一話『え……嘘でしょ……?!』
「ここが……」
小さな山を背景にこぢんまりと立つボロボロのアパートを見上げる少年、時雨ハイドラは溜め息を付いて呟いた。
中に入る前に周囲を見渡すが、当然のように何もない。あるのは草木と、山から続く小川。そして、そのせせらぎの音。
家賃は安くしてくれていると聞いているが、さすがにこれほどの田舎なのであれば、当然の事だと思ってしまう。
まぁ、疲れた心を癒すには十分な環境だけど……。と、時雨はくたびれた舞台俳優のような感想を心に、アパートの鉄骨の階段を上がって行った。
カン、カン……。と段を上がる度に乾いた音が鳴り響く。トタンの屋根は所々茶色に錆び、穴を開けていた。
そうしてコンクリートの共用廊下に差し掛かった所で、201号の部屋が見えた。不用心な事に扉を開きっぱなしにしている。失礼な事だと理解しておきながらも、時雨は通り過ぎる際に中を覗いて見た。
「引っ越ししたてかな?」
自分と同じ境遇の住人が居る事になぜか少し安堵して、時雨は呟く。と言うのも部屋の至る所には段ボールの箱があり、その部屋がどんな状況なのか想像するのは難しくなかった。
ただ自分と違う事は、自分は家具の整理をする必要が無い事。もとい、整理する家具すらも無いと言う事だった。
時雨は自分の置かれている環境に思わず溜め息を付いて隣の部屋、202号室のドアノブに手を伸ばした。
「ここが……僕の部屋……」
サービスで最低限の家具でも置いてないかな。なんてありもしない事を考え、時雨は無駄に意を決したように扉を開ける。
「……だよね」
呟く時雨は続けて、たはは……と苦笑いを浮かべた。
当然、部屋には何も無かった。当たり前の事だが、それらを今から揃えて生活をしていかなればならない事を考えると、頭が重くなる。
時雨の苦笑いはすぐに大きな溜め息へと変わった。
そしてその次の瞬間だった。時雨の暗くなっていった心境を吹き飛ばすような出来事が起きる。
「え……嘘でしょ……?!」
今の目前の光景に、時雨は目を丸くして呟いた。