百十九話『契約の魔法使い達の物語』
「ここで非禁禁忌教の教祖を倒したと言うのは、本当の事だったか」
夕暮れの雪山。沈みかけの太陽は赤く光り輝き、その赤い光は雪に反射されて白雨の赤い髪を、さらに赤く照らす。
そんな場所で周囲の雪を赤く染める亡骸が一つ。白雨はその亡骸を見下ろして呟いた。
「ふむ。これは嬉しい誤算と言わざるを得ないな。本来ならば、このフリーレンとハイドラの力を持ってして潰す予定だったのだが……。予想を遥かに越えて、フリーレンの力は強大だったようだ」
白雨はギシギシと雪を踏み締めて亡骸から離れていく。
「それに寒さに強い耐性があるのか、まったく寒くないな。とことん素晴らしい体だ」
そしてそう呟いた時だった。
「フリー……レン」
背後からそう聞こえたのは気のせいでは無いだろう。
白雨は背後を横目で睨む。
「フリー……レン……!」
今度は強い怨みを吐き出すかのような低く重い声だった。
そして、そこで振り返る白雨が見たものは、
「……なんだ? まるでゾンビのようじゃないか」
白目を剥いてフラフラと立ち上がるお下げの少女だった。
「……気持ち悪いな。冷凍されて保存状態が良かったとは言え、なぜまだ動けるのだ? これはスコラミーレスとしての力なのか?」
少女は跳ねるように飛び掛かる。
しかし寒さによって緩和されていたとは言え腐敗が進んだその体では大した飛距離も出せず、少女は白雨の目前に倒れ込んでその動きを止めてしまった。
「一体なんだったんだこいつは……。まぁ、スコラミーレスに怨みを買われるのはあまり良い状況とは言えないな……。こいつらの逆恨みとは言え、念のために警備を厳重にしておくか」
白雨は笑って去っていく。
そして少女の亡骸だけがこの場に残った。
時雨が目を覚ましたのは、静かな病室だった。
白く広い病室。きっとここは共同の病室だろう。他にもベッドが規則的に並んでいる。しかしどう言う訳か、患者は時雨一人だった。
「次にお前は……誰ですか? と尋ねる」
困惑する時雨にそう話し掛けたのは、飄々とした態度が目立つ白髪の男性だった。
まるで白い病室に反発するかのような黒い服装の男性。時雨は病室に入ってくる男性を見上げて困ったように答えた。
「え……と。グリムソウルさん……ですよね……?」
「あれ?? 俺達って話した事あったっけ?」
「まぁ……顔を会わせるくらい……ですけど」
「ふーん。まぁ良いか。俺はずっと君を見てきた訳だし」
「……?」
グリムソウルの発言に思い当たる節が無い時雨は、眉間にシワを寄せて首を傾げる。
そして、そうしている内にグリムソウルは時雨のベッドに腰掛け、手を掴んで何かを手渡した。
「これさ。鍵なんだけど」
時雨はより深く怪訝そうな表情を浮かべて、手の上のなんの変哲も無い鍵を見つめる。
「鍵……?」
「そう。アクア領の住宅街のアパートに一室借りて置いたからさ。そこに住みなよ。家、無いんでしょ?」
「うーん……寝泊まりする場所は確かに無いけど、お金も無いからそれはちょっと……。それにアクア領の家賃なんて考えたくもないよ」
グリムソウルは笑う。
「一国の王子が何の心配をしてるんだか」
時雨も合わせるように、あはは……と愛想笑いを浮かべる。
時雨にとって、今のグリムソウルの発言は配慮に欠けると言わざるを得ない。しかし反面、その言葉こそが逃避してはいけない現実なんだと、時雨は再認識させられた。
そうして苦い表情のまま黙り込む時雨の背中を、グリムソウルは叩いて立ち上がる。
「金が無ければ働けば良い。それにアクア領は労働者が不足しているらしいよ? そうして身を潜め、反撃の機会を窺うんだ」
「反撃……」
「ん? しないの? 悔しくない?」
「……」
時雨は何も答えなかった。
そこでグリムソウルは、そんな時雨が嫌でも反応する魔法の言葉を口にする。
「琥珀ちゃんにまた、会いたくないの?」
「……!」
時雨が目を見開いてグリムソウルを見上げた。
そして恐る恐る答える。
「会いたいよ……。会いたいに決まってるよ!」
そこで再び笑うグリムソウル。
「だったら尚更アクア領に向かうと良い。そこで活路と希望が見つかるよ」
そして病室の出口に向かいながら続けた。
「心配しなくとも俺の顔で家賃は安くしてあげてるからさ。ま、騙されたと思って。……もしかしたら思いがけない出会いがあるかもよ?」
「ちょっと待って! お前は何がしたいんだ!」
時雨はその場で手を伸ばしてグリムソウルを引き止める。
するとグリムソウルは病室の扉を開けながら答えた。
「助けてあげて……って頼まれたんだ。知りもしないはずの男の子をなんとか助けて欲しい……ってさ」
「誰が……。なんで……?」
「さぁね? まぁ旦那、なにはともあれ新生活頑張ってね」
グリムソウルはそう言って病室を後にする。
そうして体調が回復した時雨は、程なくして退院。微かな希望を抱いてアクア領に向った。