百十七話『あぁ、頑張れよ。俺の保険としてな……』
「まさか……お前は……」
「まさかはこちらの台詞だ。時雨よ。この股から流れる血で身体強化するとはな。相変わらず気持ち悪い奴め」
琥珀はそこで自らの股を弄り、手に付着した粘り気のある血液を時雨に見せて言った。
そして同時に、琥珀の髪が瞬時に色を変えていく。それはまるで血液のような白雨や時雨とよく似た赤い色だった。
「嘘だろ……兄貴……」
「嘘? 俺は白雨。これが真実だ。そしてこれこそが、もう一つの我が目的。これが琥珀に執着していた理由だ」
「そんな事……どうやって……」
「ふん。卓越した契約の魔法使いは、魂の入れ物を移動させる事が出来る。それはなぜだか分かるか? 時雨よ」
「……分かるはずも無いだろう」
「未熟者め。良いか? 契約は絶対だ。だが、それは契約者のどちらかが死ぬまでの話……だから契約を永久に絶対的な物にするには、こうして魂の入れ物を変えて生き延びさえすれば良い。まぁ、相手が死んでしまう事に関しては仕方が無いが、それでこちらが損する事は無い。これこそが契約の魔法使いの最高の力。だがな? 全ての契約を永久的なものにする事は出来ない。なぜなら魂の入れ物を変える事が出来るのは、契約を結んだ者とだけ……より有益な契約を残すために、契約を結んで生き残る。素晴らしいシステムだろう? ハイドラ一族が契約者を守ろうとするのには、そんな背景があったからなんだろうな」
「……だったら兄貴は、どうして琥珀ちゃんを選んだんだ。まだ兄貴は若いし、そんな事をする必要は無いだろう……」
「はぁ……殺されたら終わりだろう? だから強い体を選んだ。お前には出来ないかも知れないが俺は契約を結んだ地点で、相手の魔法陣から情報を読み取り、その者の血筋や実力が図れる。琥珀はなぁ、優秀な血を持った個体だった。もちろん、ハイドラ同士の契約では出来なかったりと特例もあるがな。とまぁ、琥珀を選んだ理由はそれだけだ」
「じゃあ……以前、ここでしたグリムソウルとか言う奴との会話は何だったんだよ。近親相姦とかなんとか言っていたのは……」
「お前……まだ気付いて無かったのか? あんなものは虚言に決まっているだろう。俺もあいつの嘘に合わせて情報を得ようとしただけに過ぎん」
「はは……じゃあ琥珀ちゃんは……」
「死んだも同然だ」
ギリ……と時雨から奥歯を噛みしめる音が響き渡る。
そして時雨は無意識の内に、駆け出していた。そんな時雨を、白雨は嘲笑う。
「ここで俺を殺すか? 時雨よ。俺ならば、なんとか琥珀の体から俺を取り払う方法を探すがな」
「……っ!」
白雨のその言葉を聞いて、時雨はその歩みを止めてしまう。
そんな方法などありせもず、仮にあったととしてもハイドラとしての力は平凡な自分にそんな事が出来るはずも無い。分かりきっていた事だが、その僅かに希望に期待を抱いてしまっていた。
時雨は、爽やかな笑みを浮かべる琥珀の顔を睨みながら後退りをして距離を離して行く。
「……僕は諦めないからね。クソ兄貴」
そうして背中でエレベーターの開閉ボタンを押してエレベーターの中へ消えて行った時雨に、白雨は独り言ように呟いた。
「あぁ、頑張れよ。俺の保険としてな……」