百十五話『……もう終わりにしましょう。』
「遅かったではないか。時雨」
エレベーターから現れた時雨にそう言ったのは、ハイドラ王……では無く、地面に倒れて意識を失うハイドラ王の頬に靴底を乗せる白雨だった。
「兄貴! ……な、なにやってんだよ!!」
「なにって、見て分からんのか? 今や暴君ハイドラとは、俺の事だ」
意気揚々として答える白雨の手には、血液のような赤い色をした剣が握られている。
そして時雨が妙に焦っているのには理由があった。
「実の親に何をしようとしているんだと聞いているんだよ!!」
白雨の手に握られる剣はあろう事か、父親であるハイドラ王の首元に宛がわれていた。
白雨は笑う。
「そんな下らん事を聞いてくれるな。どうせなら俺の素晴らしい計画を聞いてくれ、我が弟よ」
「ふ……ざけるな……! くそ兄……なんかですらもないよ、お前は!! そんなお前なんかの下らない計画など聞きたくも無い!!」
憎悪の表情を浮かべる時雨はそこで、どこからともかく血液のような赤い色をした剣を出現させると、声を上げて白雨へ駆け出す。
しかし、
「おいおい、よせ時雨。俺の足元の父親が見えないのか? 俺はいつでもこいつを殺せるんだぞ?」
白雨の冷静な言葉によってその歩みは止められてしまう。
「……くそがっ!!」
「まぁ、そう吠えるな。俺だって唯一残された契約の魔法使いであるお前を殺したくは無い」
「でもお父さんは殺すと言うのか……!」
「……まぁ、本当は俺以外の契約の魔法使いは殺すつもりだったんだ。現に今生き残ってる契約の魔法使いは俺と父親、そしてお前とグリムソウルとやらだけなんだからな」
「それは……どう言う意味? 親戚のおじさんとかも居るでしょ?」
「だからもう殺したって。鈍いな、お前も。それこそが俺が非禁禁忌教をここへ差し向けた素晴らしい計画の一つだ」
「なぜ……そんな、事を……?」
時雨の言葉に勢いが失われていく。しかしその変わりに、白雨の声はどんどん楽しげになっていった。
「契約の魔法使いは俺だけで良いんだ。なぜならこの契約の礎を操れる人間はただ一人、俺だけで良いからだ」
そう言って白雨は、部屋の中心にある契約の礎を指差す。
時雨からの返事は無かった。だが白雨の勢いは止まらない。
「契約の魔法は契約者と距離が離れていても作用させる事が出来る。お前が琥珀の位置を掴めたのもその一環だ。そして実力の高い者は遠距離で命令を下す事も出来る……と言うが実際のところ、それを実現するには様々な条件をクリアしないと出来なかった。しかしな? 契約の礎の素晴らしい力として、遠距離で契約者に命令を下す事が出来るんだ。それも無条件で多数の人間にな。ハイドラ王が住民を逃してくれたのは実に嬉しい誤算だった。ふふふ、これこそが我が思い浮かべた素晴らしき計画だ! ……ほれ時雨よ、なんとか言って見せろ」
腕を広げて豪語する白雨に、時雨は低い声で尋ねる。
「ねぇ……そんな事、冗談で言ってるんだよね……?」
「……そうかまだ信じられないか。では俺の覚悟と証拠を見せてやろう」
今度は冷静な声でそう言った白雨。そして次の瞬間には何事も無かったかのように、剣で父親の首を跳ねていた。
勢い良く飛び出る血液が白い床に広がっていく。
そうしてあっという間の出来事に時雨が涌き出るような強い怒りを感じていると、琥珀が白雨へと攻撃を仕掛けていた。
「やはり、あなたは救いようがありません……!!」
そう言って跳ねる琥珀の飛び蹴りを白雨は剣の側面で受け止める。
そして牙を剥いて睨む琥珀を、白雨はへらへらと嘲笑っていた。
「くず」
琥珀はその剣の側面を強く蹴って再び距離を開ける。
そして時雨の隣に立って言った。
「……もう終わりにしましょう。弟様。最終決戦です。最後にあのくずを倒して……この国は弟様が統べるのです」
「……僕たち気が合うね琥珀ちゃん。僕も同じ事を考えてた」
「行きますよ」
「うん。行くよ」
琥珀と時雨は駆け出した。