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百十四話『……勝ってしまっても良いんですよ』

「準備は良い?」

 食事を済ませた後、祖母の家の玄関にて時雨は尋ねた。

 その隣には黙って頷く琥珀に、そんな琥珀を心配そうに見つめる祖母。

 見つめ合って決心を固める琥珀と時雨に、エルも真剣な表情で言う。

「このワープの行き先はハイドラ城の前に続いている。ボクは訳あって同行出来ないけど、二人で力を合わせて頑張るんだよ?」

 エルの目前の空間には、黒い穴が空いていた。

 琥珀はその穴の前に立つと、深々と頭を下げる。

「もちろんです。エルさん、色々とありがとうございました」

 そうして再び時雨と目を合わす琥珀は、時雨と共にその穴へと消えて行った。








「帰って来たね」

 黒い空間を抜け、二人が真っ先に目にしたものは見上げる程の高さを誇るハイドラの我が家だった。

 そして左右を見渡すと、高層建築が並ぶ騒がしい様子の街が見える。が、そこには一つの大きな違和感があった。

「人が……誰も居ない……?」

 時雨が不安げに呟く。

 そしてそんな時雨の疑問に答えたのは、背後からする聞き慣れてしまった声だった。

「お帰り、時雨ハイドラ。街の住民は全て、ハイドラ王が安全な場所に転送させたみたいだよ?」

 慌てて時雨と琥珀は、振り向く。

 そうしてそこに立っていたのは案の定、グリムソウルだった。

「あなたはどこからでも涌き出るね?」

 琥珀の冷たい声が、ゴーストタウンとなったハイドラ領に低く響く。

 グリムソウルはそんな琥珀を無視するように、ハイドラ城の最上階を指差して言った。

「あそこに白雨とハイドラ王が居る。行くんだろう?」

「そうなの? ……白雨様は非禁禁忌教によって捕らえられて居たのじゃないの?」

「そうだよそうなんだよ。俺も一緒に捕まっちゃってさぁ。くらーい地下牢で華の欠ける三人でさぁ――」

 そこグリムソウルの話の腰を折るように琥珀が尋ねた。

「――どうやって抜け出した?」

「え? 俺のおかげだけど? 一緒に逃げる? って聞いたら即答だっよ? 彼」

 それを聞いた琥珀は音を鳴らして舌打ちをする。普段の琥珀は他人へ向けてなど舌打ちなどしない。それは、グリムソウルの救いの手を蹴ってまで地下牢に幽閉されていたのであれば、真っ先に助け出そうと考えた自分への舌打ちだった。

 そしてすぐに溜め息を付いて、返事をする。

「はぁ……もちろん白雨様の元へ向かいますよ。でもグリムソウル、先にあなたに話したい事がある」

「あぁ、奇遇だね。俺もなんだ。先に俺から言っても良いかな?」

「……なに?」

「実はさ、俺の目的がどうやら白雨の旦那と同じみたいでさぁーあ。優しい俺は、先に白雨の目的を優先させて上げようと思ってるんだ。まぁ俺の目的はその後にも達成出来るし、なんと言うか、ほら先輩として祝ってやりたい。みたいな?」

「言っている意味が分からない」

「まぁ、そうだよね。要するに俺が言いたいのは、俺は手を引くから、もう君たちの前には姿を現さないよ。って話」

「あなたの言う事だからどうだかね……。けど、そんな事はどうでも良いの」

 そこで琥珀は懐から小瓶を取り出して続ける。

「これが最高級の魂であるのは、あなたなら見れば分かるはず。私と取引しない?」

 グリムソウルは食い付くように小瓶を見つめて返す。

「……どんな?」

「以前、私にした白雨様の命令を無視出来るようにして欲しい」

「……それは構わないけど、俺から離れたらじきにその効力を失ってしまうよ?」

「それでも構わない」

 琥珀はそう言って小瓶を投げて渡した。

 それをグリムソウルは大切に受け止めると、呆然と小瓶を眺めながらこの場を後にして行く。

「交渉成立だねぇ。琥珀ちゃん。じゃあ次会うのは、君が死ぬ時かな?」

「……口だけのあなたの言葉だからどうせすぐに姿を見せるんだろうけど……この交渉だけは絶対に守って」

「当然だよ。だって俺は、契約の魔法使い……なんだから」







「すみません時雨様、私のせいで不必要な所で時間を取らせてしまって……」

 あれから二人はハイドラ城へと侵入し、エレベーターに乗り込んだ所で琥珀は頭を下げた。

 時雨はそんな琥珀に微笑んで言う。

「大丈夫だよ。気にしないで。お父さんはきちんと住民を逃がす事によって住民を守り、そんなお父さんと兄貴は一緒に居るんだ。今頃、こっぴどく叱られたりして」

「そう……ですよね」

 それを聞いて琥珀も微笑み返した。

 念には念をとグリムソウルと交渉して契約魔法を無効化してもらったが、考えすぎだったかも、と今なら思える。

「琥珀ちゃんは兄貴に会ってどうするの?」

「……きちんと話し合いをしたいと思います。今は喧嘩中みたいな状態ですからね。今でも私が悪いとは思ってませんが、もし少しでも白雨様が悪いと感じて下さっているのであれば、許そうかと思います」

「……ふーん」

「どうしました?」

「いや、やっぱり兄貴に琥珀ちゃんは勿体無いなぁ、と思って」

 時雨はそこで扉を眺めたまま、琥珀の手を握って続ける。

「だから僕は琥珀ちゃんを賭けて兄貴と戦おうかな。そう、最終決戦だよ。殴り合いでも話し合いでもなんでも良い。これで負けたら素直に諦める。……だめかな?」

 時雨は表情を見せまい、少しそっぽを向く。

 そこでしばらく戸惑う琥珀だったが、やがて小さな声で答えた。

「……勝ってしまっても良いんですよ」

 エレベーターの振動が止まり、軽快な音を鳴らして最上階に付いた事がお知らせされる。

 そうして開かれる扉の先で二人が見た景色は……最悪の状況だった。


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