百十三話『そんなうっかりさんな所も僕は好きだよ』
「琥珀……! 琥珀! いつまで寝てるの! 起きなさい!」
何度も名を呼ばれ、琥珀は目を覚ます。
重たい瞼を開ければ、朝日の白い光と共に祖母のしかめっ面が目に入った。
祖母はまだ寝惚けている様子の琥珀に強い口調で言う。
「あんたの主様はとっくに起きているよ!まったく!主様より後に起きるなんて従者として失格だよ!」
「ふぇ? ……え?!」
跳ねるように上半身を起こす琥珀。その場から見える隣の部屋のテーブルには既に時雨とエルが腰掛けており、そこからは時雨が笑って手を振っていた。
しかしすぐに時雨の表情が強張ってしまう。それどころか、その頬を徐々に赤く染めていく。
「す、すみません! 弟様!」
実は怒っているのだろうか。と、不安に思う琥珀は慌てて立ち上がった。
昨日は慣れない力による戦闘のせいですぐに眠ってしまっていた。挙げ句、寝坊までしてしまっては顔を赤くして怒っても仕方がないと言うもの。
どう謝ろうか。そんな事を考えながら琥珀が第一歩を踏み出した所で、琥珀は自身の異変に気が付いた。
「え……私……」
あろう事か、琥珀は下着姿だった。
祖母も自分も、布団をずっぽりと被っていただけに気が付かなかったのだろう。
そしてそこで琥珀は、時雨が顔を赤くして硬直してしまっていた理由を察した。
「あ……わ……。ぎゃっ!」
思わず琥珀はそこでうずくまって、自分ではね飛ばした布団に手を伸ばす。
我ながら相変わらずのひどい悲鳴だと思うが、今はそんな事を考えている余裕なんてものは無かった。
琥珀は再び布団にくるまって叫ぶように言う。
「その……! 違うんです! 私熟睡すると脱ぐ癖があって!! 昨日疲れてたから!! 私!! 昨日!! 疲れてたからぁ!!」
「そ、そんな事あるよ! スタイルも良いから何も恥じる事は無いよ!!」
時雨も叫ぶようにフォローする。
そこでエルはテーブルに並ぶ朝ご飯を口に運びながら言った。
「そうそう。別に恥じる事じゃないよー。じゃないと裸で歩いてるようなボクはどうしたらの良いんだよー」
「裸……?」
「裸……?」
琥珀と時雨は同時に尋ねる。
エルはそこで何故か得意気になって答えた。
「この黒いドレスはボクが魔力で生み出した物だよ? だから戦闘で破れる事も無いし、お風呂に入る時も脱ぐ作業をしなくていいんだー!」
「へぇー……そうなんだ……」
「へぇー……そうなんですね…」
またしても二人は同時に返事をする。
なんとも返答の困る話だな。と琥珀は思いながらも、心のどこかでそれは確かに便利そうかも……と肯定してしまっている自身がいる事に気が付いた。
「ほれ! さっさとお着替え!」
そんなぼーとする琥珀に祖母は琥珀が着ていた衣服を渡す。
それは洗濯を済ましてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
祖母の気遣いに感謝しながら琥珀は着替えを済ませ、そうしてテーブルに付いた。
「い、頂きます」
手を合わせてそう言った琥珀は真っ先に卵焼きに箸を伸ばす。
そうして卵焼きを口に運ぶ琥珀に、時雨は楽しげに言った。
「あ、それ僕が作ったんだよ」
「え……」
カタン。と音を鳴らしてテーブル上に落ちたのは琥珀の握っていた箸だった。
「恐れ多くも私は……弟様がお作り頂いた食事を頂いているのですか……」
「そうだよ! まったく!」
強い口調でそう言ったのは、朝の家事を淡々と済ましていく祖母だった。
すぐさま時雨が慌てて入る。
「違うよ! あ、違う事無いけど! そう言う事じゃなくて! ほ、ほら! 僕もここにお世話になったから、何もしないと言う訳にはいかないでしょ? 琥珀ちゃんは昨日、非禁禁忌教と話をしてくれたり僕をここまで連れて来てくれたりしてくれたからさ! ね?」
時雨の必死のフォローに反応したのはエルだった。
「え?! と言う事はボク何もしてない!?」
そこへまたしても時雨が補足に入る。
「あ、運んで来てくれたのはエルちゃんだったね! ありがとうね!」
「じゃあボクも卵焼き食べても良いんだね!」
「も、もちろん!」
「やったー! 頂きまーす!」
エルは嬉しげに卵焼きに箸を伸ばす。
そこで一息付いて天井を見上げる時雨に、琥珀は思わず笑ってしまう。
「あはは。時雨様は本当に優しいお方ですね。そう言うところ好きですよ、私」
「え?」
時雨が驚いたような表情をして琥珀を見つめた。
琥珀は最初こそ小首を傾げていたが、すぐに自然に出てしまった自分の発言に頬を赤く染める。
「あ……! その……ちょっと慣れ慣れし過ぎました……ごめんなさい……」
そうしてうつむく琥珀に、時雨も少し頬を染めて返した。
「そんなうっかりさんな所も僕は好きだよ」
「あ……ありがとうございます……」
琥珀の顔がどんどん赤くなっていく。そしてまるで話題を剃らすように、琥珀は言った。
「おばあちゃん! 聞きたい事があるんですけど!」
台所から暖簾を潜って祖母を返事をする。
「なんだい?」
「その……私のお父さんとお母さんはどこに居るのでしょうか……」
「あぁ……あの二人は故郷を捨てて駆け落ちしたよ……。私が知るのはそこまで……。まさか子である琥珀を捨てるまでに成り下がっていたとはねぇ……。今、二人が生きているかも私は分からん……。お前を捨てたのが二人の意思では無かった事を願うばかりだ」
「そう……ですか」
「それで琥珀。お前はこれからどうするんだい? 別にお前が何をしようと文句は言わないが、ここを出ればフリーレンの加護も弱まってしまう。それは感じているだろう?」
「……はい。それでも私はしぐ……弟様に付いて行きます」
時雨の箸が止まる。
「琥珀ちゃん……」
「そうか。それは立派だ。ちゃんと主様を支えるのだよ。朝ご飯を作って貰うなんてもっての他だからね……」
「は、はーい」