百四話side白雨『楽しい事を言いますね。白雨君』
時はまた少しだけ遡る。
物静かな牢屋に新たな音が響き渡る。
ズル……ズル……と何かを引き摺るような音が、並んで拘束されるハイドラ親子を浅い眠りから覚ました。
「……私達はどうなるのだろうな? 白雨」
ハイドラ王は音のする方向……目前の曲がり角の先をじっと見つめながら尋ねる。
きっとそこでは何者かが、何かを引き摺るように運んできているのだろう。
果てしてそれは拷問器具か。ハイドラ王から漏れるような冷笑がする。
「この状況でよく笑っていられますね。お父さん」
「まぁな」
白雨は横目で睨むようにハイドラ王を見つめる。
まだ余裕がある表情だった。何か、秘策でもあるのか。父のその余裕が何から来るのか、白雨が脳裏で考えを張り巡らせていると、曲がり角から何かを引き摺る何者かが姿を現した。
「親子水入らずの会話は楽しめましたか? 時期に弟も連れて来てあげますよ」
少し高めの声。そう言ったのはお下げをぶら下げた丸眼鏡の少女だった。
実に地味な少女だが、この少女こそがハイドラ王と白雨を力付くで捕らえた張本人だった。
そしてその少女は、背後で引き摺る何かを目前に軽々しく投げ捨てて続ける。
「お土産です。聞けばこいつも、あなた方の血筋の人間だと言うではありませんか」
そうして白雨とハイドラ王の目前に転がってきたのはグリムソウルだった。
白雨が目を丸くする。
「お前がこいつを倒したのか……?」
「そうですね。そう言う事になります。まぁもっとも、そいつは既に死んでいますが。ほんと苦労しましたよ? 何回殺しても復活してくるんですから。百回くらいは殺したかな?」
「なに……?」
白雨はそこで改めて少女を凝視する。争った跡なのか、学園の制服のような衣服は汚れていた。しかし少女の体には傷一つ無い。
それはつまり無傷であのグリムソウルを手に掛けたと言う事だ。
もっともそれは少女の発言が事実であればの話だが、その身で少女と戦い、容易に捕らえられてしまった白雨には既に疑う余地も無かった。
「お前は……何者なんだ」
「分かっていますよね? 非禁禁忌教の教徒ですよ」
「たかが教徒にそれほどの力があるのか……?」
「……まぁ、どうせ殺すので特別に教えてあげましょう。私はあなた達の言うスコラミーレスです」
「スコラ……ミーレスだと? 学園は宗教を禁止しているはずだろう!」
「……楽しい事を言いますね。白雨君」
唐突に名を呼ばれ、白雨は少し驚いた表情をする。
笑みを浮かべる少女はそんな白雨を見下ろして続けた。
「この世界では様々な罪、犯罪が蔓延ってます。その為、罪を犯した者に罰を与える者も存在している。法律? モラル? 秩序? ルール? 学園? まぁ、呼び名は何でも良いですが、そうして人々や世界が守られるのは素晴らしい事だと思いませんか?」
「話が見えないな……。だったらなぜお前は無秩序な宗教に属する?」
「……無能だから」
「は?」
「だって世界にはまだ罪、犯罪、悪行が栄え、戦争が各地で行われ世界もまた守られているとは言い難いではありませんか。その証拠にスコラミーレスである私がこうして非禁禁忌教に属しているのに、何のお咎めもありません。ですから白雨君。私達は祈るのです。そしてその片手間に、あなた達のような悪の遺伝子を根絶やしにするのが私達の目的」
「要はなんだ? 神に祈って、世界を守って貰おうってのか? そしてその言葉を盾に、こうして戦争を行うものを殺して言ってる訳だ。無法者は正しくお前達では無いか」
少女はそこで白雨の頬に触れる。
「違いますよ白雨君。私達が信仰しているのは神などでは無く、非禁禁忌様ただ一人。この方だけが世界を平等に見守り、世界を正しく導いてくれる唯一の存在。その方の負担を減らすため、我々が君達を裁くのです」
「その非禁禁忌と言うのは、お伽噺に出てくる存在なのだろう? 神を崇めるのと何ら変わらない。……愚行だ」
「……まぁ、あなたに理解を頂こうとは思ってませんよ。勧誘しに来た訳じゃ無いんですから。何熱くなってしまわれているのですか」
少女はそう言って白雨に背を見せると、手を振ってこの場から去って行く。
そうして牢屋は再度、沈黙に包まれた。