百三話side白雨『その言葉が、お前を裏切らせたんじゃないのか?』
時は少し遡る。
「策を見誤ったな。白雨よ」
反響したハイドラ王の声が、静かに響き渡る。
それに対する返事は無かった。無機質な壁に固定されている白雨は、ただただ目前の鉄格子を眺めている。
「絶望したか? 故郷を裏切り、家族を裏切り、そしてそれらと共に死に逝くのは」
白雨と同じく壁に固定されて身動きが取れないハイドラ王は、隣に並べられている白雨を横目で見下ろして続けた。
うるさいな。と白雨は率直な感想抱くが口にはせず、返事の代わりに溜め息を返す。
ハイドラ王はそんな白雨を鼻で笑った。
「よもや非禁禁忌教の奴らが絶縁したはずのお前をハイドラの者と認めてハイドラを攻撃してくるとは思わなかった。私の誤算だ。だが、まさかお前まで捕らえられるとはな。てっきり奴らと内通していたとばかり思っていたが、それも違うようだ。……どうやって奴らを動かした? 煽ったのか? 小さな教団ではあるがその実力は確かな物で、お前如きの言葉を聞き受けるとは思えないのだが?」
そこで初めて白雨は口を開いた。
「……歓楽的ですね。お父さん。あなたの国が今まさしく息子の手によって崩壊させられた。それもあっさりと。この状況で、どうしてそんな呑気に会話が出来るのですか。神経を疑います。お父さんこそ、もっと絶望するべきなのでは? それに策と言うのは、いくつも張り巡らせる物です。その片鱗を目の当たりにしたくらいで、全てを悟ったような口を利くのも……不愉快です」
「ふっ。笑わせるな。白雨。お前がまだ小さい時に言っただろう? ……王位は誰にも渡さんと。私が最後のハイドラとして歴史に名を残す。その言葉が、お前を裏切らせたんじゃないのか?」
牢屋に響くは、その会話を最後に途絶えた。何故なら、またしても白雨が目を閉じて黙り込んだからだ。
ここがどこなのか、白雨にもハイドラ王にも知る術は無かった。ただ分かる事は、非禁禁忌教によってここへ拉致されたと言う事実のみだった。