百二話『白銀の風『フリーレン』』
「何か勘違いしてませんか?」
少女のその言葉に、琥珀は戸惑う。何を差して勘違いだと言っているのか。それともただ誤魔化しているのか。
そうして戸惑う琥珀に、少女は手に持っている鎌をその場に捨てるように落とすと、そのまま歩み寄りながら続けた。
「私と白雨君は喧嘩などしていません。むしろ逆です」
「逆……?」
「そう。契約を結んだのですよ。白雨君と我々非禁禁忌教は今、協同関係なのです」
「そんな……。だったらなぜハイドラ家を狙うのですか……!」
「鈍いですね。それが契約内容だからですよ。彼が望んだのはハイドラ家の抹殺。領地を大人しく明け渡す事を条件に、わざわざ教祖と内密に連絡を取って……まぁ実にご苦労な事です。けどまぁもっとも彼は今頃……牢屋に居るんですがね」
「意味が分かりません……! 協同関係と言ったのでは……?」
「ふふ、ハイドラ家の抹殺が契約内容ですよ……?」
少女はそこで不気味に微笑むと、何かの合図かのように指を鳴らす。
琥珀はそれを露骨に警戒するが、特に変化は見られなかった。
そうして沈黙の間が訪れる。
最初こそ笑顔だった少女だったが、その顔色を徐々に変化させていった。
「どう言う事ですか」
少女の低い声で発せられたその言葉は怒りを孕んでいた。
しかし何も起きていないこの状況で、少女に何が起きているのか理解が出来ない琥珀は、ただ冷や汗を流して警戒する事しか出来ない。
そして少女の問いに答えたのは、エルだった。
「教徒を呼び出したいみたいだけど、既にボクが退治しておいたよ」
「よくも同士を……」
それまで比較的冷静だった少女が、怒りを表情に現させる。
目を細めて鋭い視線でエルを睨み付けると、そのまま駆け出した。
そしてそこで、エルは叫んだ。
「琥珀ちゃん! 遺伝魔法! 扱えるんでしょ! 今だよ!!」
あまりにも早い速度で接近する少女に動揺していた琥珀だったが、そこでハッとしたように詠唱する。
「白銀の風『フリーレン』」
その魔法名は自然と口から発せられていた。
どこかで覚えた訳ではない。遺伝魔法と言う言葉を聞いた途端、自然と浮かび上がった魔法だった。どこか懐かしいものまで感じさせる。
そうして琥珀が懐古的な感覚に耽っていると、目前の少女が突如としてその動きを止めた。それは少女が意図して止まったようには見えなかった。
何か強大な力によって動きを縛られ、動きたくとも動けないと言ったような窮屈さが少女からは感じられる。
「……な、何をした!!」
少女が思わず叫んだ。
その表情からは確かな焦りを感じさせる。
そうしていると今度はどこからともなく、冷たい風が吹き始めた。
そして次の瞬間だった。
カキン。と乾いた甲高い音が鳴り響いたかと思えば、少女は氷の膜に全身を覆われていた。一瞬の出来事だった。
「こ、これは……」
そう呟いて琥珀は、強烈な冷気を放つ少女をまじまじと見つめる。
すると少女の目玉だけがギョロっと動いて琥珀を睨み付けた。
「ひっ……」
それには思わず後退りする琥珀に、エルは駆け寄っていく。
「急いで! この人の動きを封じ込めても、ダメージは与えられない。実力が違いすぎる。時期に動けるようになってしまうだろうから、その前にボクと共にワープで逃げるよ!」
背後へ振り返れば、既に黒い穴が出現させられていた。
あまり時間が残されていないのか、エルは時雨を抱き抱えると、琥珀の手首を無理矢理引っ張って闇の中へと消えていく。
そして黒い穴が消えてすぐに、少女は殻を破るように氷の膜を吹き飛ばした。
「……小賢しい真似を。呪ってやる……」