百一話『禁足地の魔女』
「うおあああああああああああ!!」
その気合いの混じった声は、琥珀のすぐ背後から届いた。
慌てて琥珀が振り向くが、その琥珀の隣を今、何者が通り過ぎて行く。
「あなたは……!」
そのまま少女に突撃して行く人物を見て、琥珀は思わず手を伸ばした。
黒いドレスの裾をはためかして走る者。それは雨芽エルだった。
「『クイーンオブハート』!」
そのエルが魔法を詠唱すると同時に、エルの腕が黒く妖しい光を放つ。
そしてそのまま、その腕を少女へと突き出した。
しかし、
「insidiae『インフィーニートゥムスクートゥム』」
少女もまた魔法を詠唱する事によってその手に、身を隠すには十分過ぎる程に巨大な盾を出現させると、そのままエルの拳を受け止めた。
たったそれだけの事で、強烈な風を発生させ、砂埃と共に時雨を舞い上がらせる。
そして吹き飛んでいく時雨を琥珀は必死に受け止めている中、少女と牽制し合うエルが言った。
「……琥珀ちゃん! 逃げるよ!」
「どうしてまたあなたが!」
「グリムソウルの言い付け……だけど個人的に守りたいって思ったから!」
少女はそこで力ずくで、エルを跳ね飛ばすように押し切る。
そうして地面を転がるエルを、まじまじと見つめて言った。
「君は……もしや禁足地の魔女ですね?」
「……そう呼ぶ人も居るよ」
立ち上がるエル。
少女は盾を消滅させ、そのままエルを指差す。
「人間が魔女を名乗るなんて……おこがましい。いつか殺そうと思ってましたから、実に都合が良いですね」
「それは勝手に周囲の人がそう言ってるだけで!」
「ごめんなさい。非禁禁忌教に慈悲はないの……です!」
少女は跳ねるようにエルとの距離を詰める。
そこへ合わせるようにエルも拳を突き出すが、少女もそこに拳を重ね、真っ向から立ち向かう。
そうして跳ね飛ばされたのは、エルだった。
本来ならば、地面に足を付けているエルの方が遥かに有利な状況にも関わらず、エルはあまりにもあっさりと吹き飛ばされていった。
「相手の力量も分からないのですか?」
琥珀の横を通り過ぎ、木の幹に叩き付けられるエルを見て、少女は微笑んだ。
しかしすぐに琥珀のすぐ隣を何が通り過ぎて行く。
それはエルでは無かった。
細い枯れた木の枝。もっと言うと影絵のように真っ黒に染まったそれがその枝を伸ばし、琥珀の隣を通り過ぎてそのまま少女を狙っていた。
「これは……!?」
それには思わず少女も身を捻らせて回避する。
しかし避けきれなかった枝の一部が少女の頬を軽く擦るように、切り裂いていった。
そうして頬からぷくりと丸みを帯びて流れ出す血液に、少女は恐る恐る触れて言った。
「まさかです。まさかの出来事が起きました。そうまさか、私が血を流す事になるとは思いもしませんでしたよ」
そのまま枝を目で追って発生源を睨む。
すると、そこには腕を伸ばすエルが居た。しかし枝はエルの手の先から発生したものではなく、そのエルの腕自体が黒く変色して、手の先から枝へと一つに繋がっていた。
「これが魔女の力とでも言いたげですね。……忌々しい。これしきの力で魔女を名乗り傲るなんて……大罪です。mors『マーグヌムファルクス』」
少女はその手に巨大な鎌を出現させると、すぐ横の黒い枝を切り落とす。
そうして少女がその鎌を構えた所で、二人の間に琥珀が割って入った。
「止めてください! あなた方、非禁禁忌教に喧嘩を売ったのは、あくまでも白雨ハイドラ様でしょう! どうして無関係な私達まで手に掛けるのですか!!」
必死な形相で訴え掛ける琥珀を、少女は静かに嘲笑う。
そして丸眼鏡を掛け直して言った。
「何か勘違いしてませんか?」