百話『私の目的は、ハイドラ家の抹殺です』
「探しましたよ」
冷たい声。
唐突に聞こえたその声は、向き合う琥珀と時雨。その時雨の背後から届いた。
「弟様!」
顔を蒼白させて琥珀は叫ぶが、まだ笑顔を浮かべている時雨にその声は届かない。
「はい、さようなら」
相も変わらず冷たい声でそう言う背後に居る人物に何をされたのか、時雨は音も立てずに倒れていった。
「弟様!!」
そんな時雨を飛び越すように琥珀は駆け出すが、時雨が完全に倒れた事によって現になるその人物を見て、その歩みを止めてしまう。
「またあなたですか……」
「それはこちらの台詞です」
丸眼鏡に、編まれたお下げをぶら下げる少女。その少女は時雨越しに対峙する琥珀を睨む。
「あなたは何がしたいのですか……!」
「あれ、ご存知で無かったのですか。私の目的は、ハイドラ家の抹殺。白雨君がそうご所望したのですよ」
「なぜ……」
「それは……なぜ白雨君がそんな事を望んだのか?と言う意味ですか?それとも、私の方の動機を聞いているのですかね?」
「それは――」
少女の問いに答える琥珀の言葉を遮って少女は続けた。
「――まぁ、どちらも答える義務はありませんが」
そして少女は唐突に琥珀との距離を詰める。
対する琥珀は懐に隠し持っていた小さなナイフを取り出すと、それを咄嗟に突き刺した。
そしてそのナイフを少女は意外にもあっさりと腹で受け止めてしまい、そのまま琥珀へと持たれ掛かっていく。
琥珀の息はたったそれだけの事で激しく上がっていた。
「はぁはぁ……! 油断大敵ですよ……!」
そうして琥珀が少女を振り払おうとしたその時、あろう事か少女の両腕が琥珀の背へと回され、琥珀をがっちりと固定してしまった。
そして琥珀の耳元で囁かれる少女の声。
「油断大敵? それはあなたの事では?」
そして次の瞬間には、少女の膝蹴りが琥珀を吹き飛ばしていた。
予備動作も何もない軽い軽い蹴りだった。
それにも関わらず琥珀はまるで、車に跳ねられたかのように宙を浮いていた。
「あっ……! う、うぅ……」
地面を転がる琥珀から悲痛な叫びが漏れ出す。
そんな琥珀を哀れむように、少女はその場から見下ろすようにして言った。
「こんな物で私を貫けると思わないでください」
そして少女はそのまま、その手に握っているナイフの刃先を片方の手で軽く掴むと、いとも簡単に折って割ってしまう。
「実力が違いますよ。このハイドラを捨てて逃げるのが賢明では?」
蔑むような視線を送られる琥珀は少女を睨み返しながら立ち上がる。
少女の腹部には、予想通り傷一つ無かった。少女の言うように、実力に差がありすぎるようだ。
しかしそれは、琥珀にとって引き下がる理由にはなり得なかった。
「そうですね。勝ち目は当然無く、客観的にも逃げた方が被害は最小限に抑えられるのは分かっているのです。でも、ここで逃げて……あの方と同じになるのは真っ平ごめんなのです」
琥珀は拳を強く握りしめると、構えを取って覚悟を決める。
そしてその時だった。
どこからか、
「うおあああああああああああ!!」
叫び声が響き渡った。